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枯葉の髪飾りⅩⅩⅨ [枯葉の髪飾り 1 創作]

 拙生等三人の他には誰も歩いていない、夕刻までにはまだ少し時間のある初秋の坂道に、三人の靴音が不揃いではあるけれどそれなりに溶けあって響いているのでありました。
「もし井渕君が大して佳世を思い遣る考えもなさそうで、浅はかな魂胆かなんかでつきあっとるようなら、一発ぶん殴ってやろうかてオイは思うとったとぞ、実は」
 このお兄さんの言葉に拙生は戸惑うのでありました。拙生の歩調がほんの少し乱れます。吉岡佳世は拙生越しに彼女のお兄さんの顔を覗きこみます。
「ま、こうして会ったらその必要はなかったて判ったけどね」
 彼女のお兄さんが続けます。「井渕君は最近のヤツのごと、パーパーしとる人間じゃなかごたる。ま、むしろ話に高校生らしか張りみたいなところの、少し欠けとるきらいはあるように思うたけど」
「時々そがん風に云われます」
 拙生がそう云うと彼女のお兄さんは、ああそうかと云って笑うのでありました。
「ま、佳世のことは、繰り返しになるばってん、宜しく頼むばい」
「出来るだけ力になりたかて思います」
 拙生は頭を下げて諾の意を彼女のお兄さんに伝えるのでありました。
「但し佳世は体の弱かて云うことは、忘れんでくれよ。無茶は、絶対駄目ぞ」
 彼女のお兄さんはそう云って拙生から目を離して前を見るのでありました。「まあ、そのう、つまり、高校生としての規範て云うか・・・」
 お兄さんはなんとなく云いにくそうに続けるのでありました。「古文の授業か受験勉強で論語とかは少しは勉強したやろう?」
「はあ、論語ですか?」
「そう。孔子の」
「はい、ちょこっとくらいは」
「五十は知命、六十は耳順、七十は?」
「ええと、不惑、じゃなかったし、ええとなんでしたかね」
 拙生はしどろもどろになるのでありました。
「従心。心の欲するところに従えども矩を踰えず」
「ああ、そうやったですかね」
 拙生は頭を掻きます。
「つまりそれぞ、オイの云いたかことは」
「はあ?」
「別に七十になる前でもよかと。高校生も思う通りにふるまうとしてもぞ、高校生としての矩を踰えたらいかんぞ、て云うことくさ」
「はあ・・・」
 拙生はなんとなくお兄さんの云わんとするところは察することが出来ました。つまり、若気の至りでこの先吉岡佳世に不埒な振舞いに及んではならんぞと、そう釘を刺されたのでありましょう。彼女のことをいたく気遣っての念押しでありましょうか。
(続)
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