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枯葉の髪飾りⅩⅩⅩ [枯葉の髪飾り 1 創作]

「オイの云いたかこと、よう判らんやったかね、こがん云い方では」
 彼女のお兄さんが拙生のように頭を掻きます。
「いやまあ、大体判ったです」
「ああ、そうや、そんならよか」
「しかしオイ、いや僕の話も高校生らしか張りのなかかも知れんばってん、お兄さんの今の例え話のようなやつも二十歳の若者らしくは全然なかように思うですよ」
「ああそうか、そりゃそうかも知れんね」
 彼女のお兄さんはそう云って拙生を見て笑うのでありました。
「オイ、いや僕は佳世さんの体のことも、性格みたいなところも、充分じゃなかかも知れんばってん一応判っとる積もりけん、ちゃんと自重するです」
「うん。頼むばい」
 彼女のお兄さんはそう云うとバス停までついて来ることなく、そこで「じゃあ」と云って手を挙げて、こちらを振り向くこともなく家の方に引き返すのでありました。
「なんば云うためにここまでついて来たとやろう、お兄ちゃんは」
 吉岡佳世が云います。
「お前ばこれからも大事に扱えよて、オイに云いに来らしたとやろう」
「わけの判らんこと云い出して、まったく。井渕君、頭にこんかった?」
「いいや。良かお兄さんやっか」
 吉岡佳世が拙生の手を握ります。拙生は先程の彼女のお兄さんの論語の話がちらと頭を過るのでありましたが、まあ、今時の高校生のことですから、手を繋ぐくらいは孔子様も目を瞑ってくれるであろうと考えて、彼女の手を握り返すのでありました。
 彼女はバスに同乗して件の公園までついて来るのでありました。公園の銀杏の木の下のベンチに座って、拙生と彼女はまた少し二人で話をするのであります。
 彼女はその内拙生の家に遊びに行きたいと云うのでありました。しかし拙生の母親は拙生が受験生であることに拙生以上に過敏になっているのであり、そんな母親の前に彼女を連れて行くことは、如何にも気安く請け負えないことであると拙生としては考えるのでありました。とても拙生の母親が、彼女の家で拙生が受けた歓待と同じ扱いを彼女にしてくれるとは思えないのであります。むしろ彼女の存在を疎ましく思いなすに決まっていますし、そう云う態度を露骨にするような気がするのであります。ですから拙生は口ではまあその内に等と云いながら、その実彼女の希望にはまず副いかねるなあと腹の中で呟くのでありました。
 銀杏の木が葉擦れの音を辺りに振り撒きます。その音はどこか乾いていて、彼女と初めて親しく口をきいたあの夏の日のような瑞々しい葉擦れの音とは、少し違っているように感じるのでありました。まだ慣れていないことが七分と、先程彼女のお兄さんに刺された釘が、喉にいつまでも立っている小骨のように拙生の頭に残っていることが三分あって、彼女の手を握る拙生の手つきの方と云えば、初めて彼女と手を繋いだ夏の海の時そのままに、瑞々しくも多分にぎごちない風情をまだ色濃く残したままでいるのでありました。
(続)

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