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枯葉の髪飾りⅩⅩⅧ [枯葉の髪飾り 1 創作]

「うん、あの弁当はうまかった、確かに」
 拙生は吉岡佳世を見ながら云います。
「井渕君が今まで食べたお弁当の中で、何番目に美味しかった?」
「そうね、一番うまかったかも知れん」
「そうやろう、ねえ」
 吉岡佳世は彼女のお母さんとお兄さんを交互に見ながら、如何にも誇らしげな顔をして見せるのでありました。
「まったく、羨ましかねえあんた達は」
 彼女のお母さんが先程のお兄さんの言葉と口調も同じにそう云うのでありました。
 そうやって一時間以上の時間をかけて我々は昼食を食べ終えたのでありました。拙生は大体が食事では勢いが大切であると云うことを本分とする輩であり、一回の食事時間は十五分とかけないのが流儀のようなものでありましたが、普段の四倍以上の時間をかけて食物を胃の中に摂取したものだから、量的にはいつもとそう変わらなかったであろうけれど、その満腹感と云うものはいつもの倍くらいはありましたか。
 食事の後はまた一時間以上、お茶をよばれながら拙生は彼女の家族と歓談の時間を過ごしたのでありますが、彼女の小さい頃の写真を見せてもらったり、彼女のお兄さんに受験勉強のコツなどを伝授してもらったり、拙生の家族や拙生の生い立ちなどを披露したりして、その時間は瞬く間に過ぎたのでありました。つくづく彼女は実に良い家族に恵まれていると思って羨ましいくらいでありました。
 その間彼女のお母さんは彼女のことをこれからも宜しく頼むとか、学校を休みがちだった彼女には友達らしい友達も居ないから、学校では力になってやってくれと拙生に、懇願と云うと少し大仰になるのでありますが、そう云う類の言葉を幾度も幾度も重ねるのでありました。高校生になって以来、男女を問わず彼女の家を訪うた彼女の友達は拙生が初めてであるらしく、彼女のお母さんは今後はなにくれとなく彼女の側に立っていてくれる、信頼のおける友人としての拙生に期待するところ大のようであります。拙生もなんとなくその気になって、その期待になんとか応えんかなと秘かに臍を固めるのでありました。もっともその期待の中には彼女と二人きりの時に手を繋ぐと云う行為は入ってはいない、いやむしろ彼女のお母さんにしたら思いの外のことであるだろうなと思って、なんとはなしに申しわけない気分が拙生の腹の底の方でかすかに明滅したのでありますが。
 帰り際に彼女の部屋をちらと見せて貰って、拙生は彼女の家族に暇乞いをしたのでありました。公園まで拙生を送って行くと云う彼女と連れだって、見送られて彼女の家の玄関を出るとすぐに、彼女のお兄さんだけが拙生等を追って玄関の外へ出てくるのでありました。彼女のお兄さんはバス停まで一緒に歩いて行くようであります。そのために拙生と吉岡佳世は手を繋ぐことが出来なかったのでありました。
「こうして会ってみるまでは、井渕君に対してオイは少し懐疑の念があったとやけどね」
 彼女のお兄さんが拙生の横を歩きながら云うのであります。「しかしまあ、信頼しても大丈夫なように見受けられるけん、少し安心したとぞ」
(続)
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