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枯葉の髪飾りⅩⅢ [枯葉の髪飾り 1 創作]

 吉岡佳世に促されて拙生は「そうや、そんなら」等と云いつつ腰を上げるのでありました。彼女が立ち上がった拙生に手を差し伸べるのは拙生の首に掛ったタオルを受け取るためであります。拙生はタオルを彼女の手に渡してまた海へと走るのでありました。彼女と並んでこの砂浜をはしゃぎながら走れないのは少しばかり残念ではありましたが、それは云っても詮ないことであります。
 彼女が茣蓙の上に広げ終えた弁当はそれは豪勢に見えるのでありました。海で、まあ存分に泳いでから頃合いをみて彼女の居る小屋に帰ると、ちょうどタイミングよく彼女が持参した弁当を広げているところでありました。彼女は暫しその手を止めて拙生にタオルを渡してくれます。
「うわ、豪華版たい」
 拙生はタオルで体を拭きながら感嘆の声を上げるのでありました。吉岡佳世は驚く拙生を見上げてどこか得意そうな笑顔をしてみせます。
「ここから海ば見てたらちょうど上がってくる感じやったけん、用意してたと」
 彼女は先程と同じように、立ち上がって此処からずっと海の中にいる拙生の動きを追っていたのでありましょうか。
「この弁当、全部自分で作ったと?」
 拙生はまたタオルを首に掛けて足裏についた砂を払って小屋に上がり、尻がまだたっぷり濡れたままであるのも顧みず茣蓙の上に座ります。
「そう、全部作ったと。美味しかよ、たぶん」
 吉岡佳世は割り箸を拙生に手渡します。
「どれどれ」
 そう云いながら拙生は早速卵焼きに手を出すのでありました。拙生の場合、小さな頃から弁当で最初に手を出すのは卵焼きと決まっているのであります。
「どう、美味しか?」
 プラスチックの大ぶりのタッパーが二つで、一つは海苔を巻いたお握りが六個、もう一つには卵焼きやらウインナーソーセージ、それに茹でほうれん草の上に鰹節の載ったもの、鰯の天ぷらやスボ蒲鉾、キャベツとベーコンを一緒に炒めたもの等が適当な大きさに切り揃えられて色合いも美しく並べられているのであります。
「うん、うまか。大したもんばい」
 拙生は今度はキャベツとベーコンを一緒にごそっと摘んで口に運びながら、左手でお握りを取りあげますます。考えたら片っぱしから摘んでは口に放りこむばかりで、目で料理を味わうと云う趣味に全く欠けた拙生のその食い様は、食い盛りの高校生の頃であることを差し引いても、吉岡佳世の色合いを考えながらおかずを配置したであろうその心遣いに対して、まことにもって失礼な食い振りではありますかな。しかし彼女は別に拙生に作法上のいちゃもんをつけることもなくただ笑って見ています。
「お前も早う食え。結構うまかぞ」
 拙生は云います。作った当の本人に対してそんなもの云いもないものであります。
(続)
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