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枯葉の髪飾りⅩⅣ [枯葉の髪飾り 1 創作]

「このウインナー、結構うまかね」
 拙生が云います。「真っ赤っかしとるウインナーしか食うたことのなかけど、そいより遥かにうまかぞこいは。何処で売とると?」
「普通にどこのお店でも売っとるよ、スーパーでもお肉屋さんでも」
 吉岡佳世は水筒から冷たい麦茶を紙コップに注いでそれを拙生に手渡しながら云います。
「ああそうや。こんどオイん家でも買うごと云うとこう」
 その初めて食すウインナーのパリッとした歯応えが拙生の食欲を大いに刺激したこともあって、結局拙生はお握りを五個にあらかたのおかずを、彼女に手を出す暇も与えない程の猛烈な勢いで一人で殆ど食ってしまったのでありました。お前割と小食ねと、割り箸を置きながら云う拙生を、吉岡佳世は可笑しそうに口に手を当てて笑いながら見るのでありました。
「お腹いっぱいになったから、また泳ぎに行く?」
 紙コップの麦茶を飲み終えた拙生に吉岡佳世が云います。
「いや、食うてすぐに泳ぐぎんた体に悪かけん、少し休んでから」
「ふうん。井渕君て案外良い子ね」
「なんやそれは」
「うん、別になんとなくさ」
 彼女が笑いかけます。小粒の歯が綺麗に並んでいるのが唇から覗いています。その歯並びを見ていたら「脣亡歯寒」と云う先日漢文の補習授業で覚えた成句を、なんの脈絡もなく思い浮かべるのでありました。流石拙生、一応これでも受験生であります。
「井渕君、受験どうすると?」
 吉岡佳世はそんなことを考えている拙生にタイミング良く聞くのでありました。
「うん、一応東京の私立大学ば受験するつもりでおるけど」
「ふうん東京かあ。随分遠くに行くとね」
「親戚の東京に居るけんがなんとなくそうしたとけど、別に福岡でも大阪でも京都でも何処でもよかとやけどね、実のところは」
「こっちに残るて云うとはないと?」
「こっちは国経大しかなかけんねえ」
 これはこの市に唯一在る四年制大学の当時の略称であります。
「国経大じゃだめと?」
「別にだめじゃなかけど、なんとなく東京にも行ってみたかし、それに国経大ば受けるてなると五科目受験になるやろう。オイは初めから三科目受験のつもりでおるけん、今更二科目追加して受験勉強しとうなかもん。大体が勉強好かんとやから」
「福岡やったら、少し近かね」
「福岡はなんとなく縁のなかし、行きたか大学もなかけん」
「ふうん」
 吉岡佳世はそう云って拙生から目を離して海の方を見るのでありました。
(続)
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