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枯葉の髪飾りⅡ [枯葉の髪飾り 1 創作]

 蝉の鳴き声に満たされ、起きているのか眠っているのか本人も定かでないぼんやりとした頭の中に、張りつめた箏の弦が、弱く弾かれたような音がいきなり侵入してくるのでありました。せっかくの至福とも云える呆けた時を邪魔されて、拙生はベンチに横になって目を閉じたまま、小さく舌打ちしながら徐に片目を開くのでありました。
「お邪魔だった?」
 箏の弦が拙生の顔を覗き込みながら云うのでした。開いた拙生の片目は夏の午後の明るさに幻惑されて、目の前にある顔が誰のものか認識出来ないでいます。拙生は目の前に在る顔を確認しようと、もう片方の目を仕方なしにゆっくり開くのでありました。
 女の顔でありました。しかも拙生と同年代くらいの。束ねた髪がそのか細い首の後ろで踊っていました。
 拙生は先ほど舌打ちしたことをすぐに悔いるのでありました。そうして舌を打つ代わりに、今度は気持ちの中で秘かに膝を打ったのであります。女の顔が夏の午後の日差しよりもくっきりと輝いて見えたのでありました。
 女の顔があまりに間近にあることに狼狽して、拙生は思わず頭を後ろへ引きます。そのせいでベンチの背もたれに頭を結構強く打ちつけてしまったのでありました。
「あ痛・・・・」
「やだ、大丈夫?」
 女の顔がよけい拙生の顔に近づけられるのでありました。背もたれに妨げられてそれ以上拙生は頭を後ろへ避難させることが出来ず、急いで上体を起こします。背筋を伸ばして後ろへ上体を引き気味にするのは女の顔から少しでも遠ざかるためであります。拙生はどぎまぎして息が荒くなっているのを女に気どられないように、顔を自分の肩の方へ向けて手でシャツの汚れを払う仕草をして、女の顔から目を逸らすのでありました。
 同級生の吉岡佳世(これはあくまで仮名です)は肩口の汚れを手で払い落す仕草をする拙生を、近づけていた顔を離しながら見て笑います。ちょうど風が吹き過ぎていって彼女の前髪を少し乱すのでした。彼女は小さく首を振ってその髪を額の前から払います。
 同級生と云っても吉岡佳世とは三年生になって同じクラスになったものの、彼女は病気がちで一学期の後半はほとんど学校を欠席していたのでありました。彼女が欠席がちになる前、拙生はクラスで彼女のすぐ前の席だったのでありました。ですから授業の合間に時々言葉を交わしたり、授業中に解らないことがあると拙生は後ろを向いて彼女のノートを覗いたり、また彼女も不意に拙生の肩を叩いて振り向いた拙生に、今先生の云ったことは教科書のどこに書いてあるのか、と云うようなことを小声で聞いたりするのでありました。
 欠席が多くなると彼女は余計拙生を頼りにするようになり、拙生は彼女が欠席していた時の授業でとったノートを見せてやったり、その時の授業の要点などを掻い摘んで拙生の頭の程度以内で教えたりするのでありました。そういう彼女とのやりとりなど、拙生としてはまん更、と云うか更々、煩くもないものであったのであります。
(続)
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