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あなたのとりこ 705 [あなたのとりこ 24 創作]

「もう電車も終わっているのに俺のアパートに態々遣って来て、那間さんを連れ帰ったその行為から、俺は均目君と那間さんの仲が前より、より昵懇になったんじゃないかって思ったんだけど、でも結局はそうではなかったんだなあ」
 頑治さんはまた那間裕子女史の話しに戻るのでありました。「均目君に那間さんを大事に思う気持ちが未だあったからこそ、労を厭わなかったとばっかり思ったんだけど」
「そうでもないさ」
 均目さんは話題がまた戻った事に。少しげんなりしたような顔をして見せるのでありました。でありますから、何となく素っ気ない云い草なのでありました。
「あの事件の後暫くして、そんな風になったのかな。それともあの事件の前から、均目君の気持ちは那間さんから離れていたのかな?」
「まあ、前からと云う方が正解かな。ああして那間さんを迎えに行ったのは、まあ、唐目君よりも俺の方が、酒に酔った那間さんの扱いに長けている筈だと云う判断からかな」
 均目さんはやや戯れ言めかした云い草をするのでありました。
「つまり那間さんを思って、と云うより、俺を気遣って、と云う事かい?」
「まあ、習い性と云うのか、身に付いていた義務感と云うのか」
「何だいそれは?」
 頑治さんは怪訝そうな顔をして見せるのでありました。
「まあ、もう良いじゃないか」
 均目さんは面倒臭そうに云って小さな舌打ちをするのでありました。「その習い性も義務感も、すっかり俺の中から消えたんだから」
 これ以上訊いてくれるな、と云うような頑治さんの質問に対する拒否が語調に含まれているのでありました。ま、これ以上那間さんの事に付いて均目さんにあれこれ質問を重ねるのは、野暮であり不躾でもありましょうか。
「取り敢えず片久那制作部長には、唐目君は来る気がないと云って置くよ」
 均目さんはそう云って立ち上がるのでありました。要はその事が訊くのが目的で頑治さんを誘ったのでありましょうから、もう目的は達したと云うところでありましょうか。
 ラドリオの出口迄、頑治さんは均目さんと並んで歩くのでありました。
「じゃあ。いきなり誘って迷惑だったかな」
 均目さんは外に出た後で頑治さんを振り返って云うのでありました。その顔は別に済まなさがっているようでもない顔でありました。
「いや別に」
 頑治さんも無味乾燥に返すのでありました。
 一緒に帰社しないで出口の辺りで別れて、頑治さんは退職した後は、もう均目さんとは逢う機会はないのだろうと思うのでありました。これで事切れで、その別れを前以て云うために、均目さんはその日頑治さんを昼食と喫茶に訪ったと云う事になるでありましょうか。勿論、片久那制作部長に頑治さんの意を確かめて来いと云われていたのもありましょうが、それは形式上の事で、実は別れの挨拶のための食事会だったのでありますか。
(続)
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