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あなたのとりこ 578 [あなたのとりこ 20 創作]

 均目さんは努めて冷静な調子で訊くのでありました。
「いやそうじゃない。それは全く俺の勘だよ」
「那間さんはがそこに居るのなら、ちょっと代わってくれないかな」
 均目さんは少し苛々した調子でそう乞うのでありました。
「ここに居るんだけど、電話には出られないよ」
「那間さんが出たくないと云っているのかな?」
「いや、そうじゃないけど、状態として電話に出る事が不可能なんだよ」
「どういう事だい。二人して俺をからかっているのかな?」
 頑治さんが何やら持って回った云い方で自分を弄ぼうとしていると思ったのか、均目さんは如何にも静かな調子を装って逆上を表現するのでありました。
「那間さんはすっかり酔い潰れて寝ているんだよ、この電話機の横で。俺の家に来た時にはもう既に意識朦朧としていたのを、ようやく部屋の中に抱え入れたんだよ」
「ふうん、そうか」
 均目さんは何となく様子が呑み込めたようで、先程迄の怒気を払った云い方をするのでありました。那間裕子女史が屡、意識を喪失する迄痛飲するのはよくある事態でありましたから、頑治さんの部屋の電話機の横で前後不覚で転がっている那間裕子女史の姿が、容易に且つリアリティーをもってはっきりくっきり想像出来たのでありましょう。
「それでこの儘那間さんを俺の部屋で朝まで寝かせておくと云うのも、俺としては何となく憚られるような気がするし、実際大いに困るんで、それでまあ、那間さんがここに遣って来る迄の経緯をあれこれ想像して、まあ、全くの俺の勝手な勘だけなんだけど、均目君に助けを求めるためにこうして電話を掛けていると云う訳なんだよ」
「確かに那間さんは十時近くに突然ウチに遣って来て、その後に俺の家を出たのは丁度十一時半頃で、未だ充分荻窪迄帰る事の出来る時間だとぼんやり思ったけど、まさかその足で本郷の唐目君のアパートに行くとは、全然思いもしなかったよ」
 均目さんは那間裕子女史が遣って来た事を潔く認めた上で、那間裕子女史がその後自分の家に帰らず、頑治さんのアパートに足を向けたと云うのが全く思いもしなかった事のようでありました。那間裕子女史が時々突拍子も無い事を仕出かす事があるとしても。
「均目君の家を出た時には、那間さんはもうぐでんぐでんに酔っていたのかな?」
「いやあ、確かに結構酔ってはいたけど、然程でもなかったように思ったけどなあ」
「均目君の家でも飲んだのかな?」
「うんまあ、愛想で冷蔵庫にあった焼酎をオンザロックにして出したけど」
「それでもぐでんぐでんになった様子は無かったと云う事かな?」
「そうだね。来た時とあんまり変わらないような気配だったけど」
「しかし現実として、俺の家に来てピンポンを押した後にもう完全に意識を喪失したようで、外廊下でへたり込んで玄関の扉に寄りかかっていたよ。時間から見て、均目君の家を出てから何処か街中で飲むと云うのはなさそうだけどなあ。そうすると那間さんはどうやって俺の家に来る迄の間に、あんだけとことん酔っちまったんだろう?」
(続)
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