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あなたのとりこ 577 [あなたのとりこ 20 創作]

 頑治さんはどうすべきか思いあぐねるのでありました。もう電車も動いていない時間でありますから、何とかして那間裕子女史の家迄送っていくと云うのも叶わない事でありますか。まあ、タクシーを使って、と云う手もありはしましょうが、それでは仕様が大袈裟に過ぎるようにも思われるのでありました。こんな頑治さんの困厄の視線にはまるでお構いなしに、那間裕子女史は昏々と本棚の前で眠り呆けているのでありました。
 幾ら酒に酔い潰れてはいるとしても、一夜をこの部屋の内で女史と一緒に過ごして朝を迎えると云うのは、何やら非常に拙い事と思われるのであります。頑治さんは先程から夕美さんの顔を思い浮かべているのでありました。遠く離れていて頑治さんのこの窮状を知る由もないとしても、それを良い事にこの儘事態をうっちゃっておくと云うのも、夕美さんへの殊勝と云う点に於いて怠惰な裏切りを働いているようにも思うのであります。であるなら、さて、ここは一番、夕美さんの手前、どうすべきでありましょうか。・・・

 頑治さんはふと思い付いて電話の受話器を取り上げるのでありました。この窮状打開には多分この手しかないと思うのであります。
 呼び出し音二回で、もしもしと云う応答の声が返って来るのでありました。
「ああ均目君、夜遅く申し訳ない。もう寝ていたのかな?」
 頑治さんは別に必要は全く無いのでありましょうが、寝ている那間裕子女史に憚りを見せて小声で話し掛けるのでありました。
「いや、未だ寝てはいないけど、しかし何だいこんな時間に?」
 均目さんが訝るのは当然でありましょう。
「つかぬ事を訊くけど、さっき迄那間さん一緒だったよね?」
 頑治さんがそう云うと電話の向こうで、均目さんの少しばかりたじろぐ気配がはっきりと伝わってくるのでありました。
「何でそんな事、唐目君が知っているんだろう?」
 少し長い間が空いた後で均目さんが頑治さんの小声に呼応する程の、少し陰気な調子が混じった低い声で応えるのでありました。まあこの均目さんの返事が、つまり頑治さんの勘がすっかり当たっている事を見事に証明していると云うものでありますか。
「ふとそんな気がしただけだけど、図星かな?」
「ふとそんな気がしたので、態々確認するために電話をしてきたのかな?」
「いや、それだけなら、こうして電話なんかしないよ」
「じゃあ、どう云う訳でこの電話を掛けて来たんだろう?」
 均目さんは頑治さんの少し持って回ったような云い草に機嫌を悪くしたようで、如何にも不愉快そうな口振りで返すのでありました。
「今、那間さんがウチに来ているんだよ」
 この頑治さんの言葉に均目さんがすぐさま言葉を返さないのは、全く思ってもいない展開に大いに驚いて、言葉を一瞬失くしたからでありましょう。
「那間さんが、さっき迄俺と一緒だったと話したのかな?」
(続)
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