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あなたのとりこ 559 [あなたのとりこ 19 創作]

「会議の様子を聞いていると、どの道会社の命脈はそう長くはなさそうね」
 那間裕子女史は前を向いた儘少し考えるような表情をするのでありました。
「社長の会社解散の話しは俺達をビビらせる目的だけで口にしたのではなくて、実は結構本気でそう考えているのかも知れませんね」
「組合が出来て、苦手でも会社の中で唯一頼りにしていた片久那さんも辞めて、何だかすっかり悲観的になって仕舞ったのかも知れないわね」
 那間裕子女史は前を向いたまま同意の頷きをするのでありました。
「土師尾常務は始めから頼りにならないと見做しているのですかね」
「それはそうでしょう。片久那さんとは比べものにならないくらいショボいと云うのは、ウチの社長に限らずどんな盆暗な経営者でも判るでしょう」
「まあ、確かにそれはそうですかね」
 頑治さんが二度程頷いたタイミングで丁度、注文したジンフィズとモスコミールが夫々の前のコースターに載せられるのでありました。
「唐目君に云われるまでそんなに深刻には考えていなかったけど、でも本当に、あたしもそろそろ会社を辞める潮時かも知れないわね」
 那間裕子女史はモスコミールをグビと一口飲むのでありました。
「ケニア旅行の話しはどうなっているんですか?」
 頑治さんも自分の新たなグラスを持ち上げるのでありました。
「後一年後かなあ。一緒に行く計画の学校の友達とはそんな予定を立てているんだけど、まあ、お互い仕事をしている身の上だから、何となくもたもたしている感じ」
「ああ、三鷹のアジアアフリカ語学院、ですか?」
「そう。お互いの資金の溜まり具合とか、色々な調整がちゃんと付いているという訳じゃないから、はっきりと行く時期は今の段階では未だあやふやかな」
「どのくらいの期間行ってくる予定なんですか?」
「まあ様々な都合で多分二週間程かしらね。もっと長い期間で行ってみたいんだけど、金銭的な事情からなかなかそうもいかないでしょうね」
「ふうん、二週間ですか。それは有給休暇で消化する心算ですかね」
「前に片久那さんにそれとなく訊いたことあるけど、まあ、手抜かりなく仕事の区切りを付けられるなら大丈夫だろうと云う事だったけど、土師尾さんが、例えば夏休みの三日間とかを入れても、そんなに長い有給取得を許可するかどうか、大いに疑わしいわね」
 那間裕子女史はもう一口モスコミールを飲むのでありました。この二口でグラスの半分くらいが女史の胃の中に消えるのでありました。
「確かに土師尾常務は片久那制作部長程話しの判る人じゃないですかね」
「自分以外の人間にはまるで理解が無くて、寧ろ平気で酷な要求をする人だからね」
 那間裕子女史は小鼻に皺を寄せて見せるのでありました。
「土師尾常務が有給休暇の取得を認めなかったら、どうしますか?」
「その時は会社を辞めるしかないわね」
(続)
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