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あなたのとりこ 513 [あなたのとりこ 18 創作]

 これはなかなかに云い出しにくい話しのようであります。
「はっきり云うと、この儘黙って手を拱いている訳もいかないいから、結局人員を整理するしかないなと云う、社長と僕の結論だ」
 土師尾常務はそう云い終えてから頑治さんからおどおどと目を逸らすのでありました。この様子から察すると、どうやら頑治さんに退職を迫る心算のようでありますか。そのためにこの喫茶店に頑治さん一人を引っ張り込んだのでありましょう。
「ああそうですか。で?」
 頑治さんはここでやや身を乗り出して土師尾常務を凝視するのでありました。その視線に土師尾常務は臆して頑治さんの目にチラと当てた視線をまたすぐに外して、如何にも小心そうに眼鏡の奥の眼球をせわしなく微動させるのでありました。
「それでつまり、・・・」
 土師尾常務はやっと意を決したように頑治さんの顔を正面から見て、竟々逸らせて仕舞いそうになる視線を何とか励まして、必死に先を続けるのでありました。「性質から云って倉庫の管理仕事や梱包とか配送の仕事は専門職と云うものではないし、云ってみれば誰にだって出来る仕事だと云う事になる。それで、要するに、つまり、・・・」
「要するに人員整理の観点から、自分に会社を辞めてくれと云っているんですね?」
 頑治さんにストレートにそう云われて土師尾常務は動揺して、あたふたとコーヒーカップを持ち上げるのでありましたが、気持ちの波立ちが指先に伝わってまたもや中身を縁から零して仕舞うのでありました。これも取っ手を持つ親指に掛かるのでありましたが、今度は少し冷めていたようで、如何にも熱そうな表情はしないのでありました。
「これはまあ、今の段階では会社としての、お願い、と云うところで、絶対に辞めて貰うと決定した訳ではないんだけど。・・・」
 土師尾常務は少し慌てて、頑治さんが急に逆上してあらぬ行動に出るのを予め防ぐ布石の心算か、慌ててそんな事をもたもたと付け足すのでありました。
「ああそうですか。馘首だと宣された訳ではないと云う事ですね?」
「そう。あくまでも、お願い、と云う段階だよ」
「でも、要はそう云う経営の方針なんでしょうから、殆ど、辞めろと云われているのと同じだと受け取って良いんですよね?」
「まあ、そこそこ強い要請、と云うのか、・・・」
「何だか苛つくような、妙にはっきりしないもの云いですね」
 頑治さんは試しに少し癪に障ったような云い草をしてみるのでありました。すると土師尾常務は何とか構えていた体面も放ったらかしにして、ビクンと震えて全身で怖じ気を表するのでありました。その大袈裟さに頑治さんは鼻白むのでありました。何と云う肝っ玉の小さい、いざとなったら何の頼りにもならないような御仁でありましょうか。
「いや勿論、唐目君に全くその気が無いのなら、それは仕方が無いからこちらとしても別の方法を考える事になるけど。・・・」
 土師尾常務はお追従笑いを送って寄越すのでありました。
(続)
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