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あなたのとりこ 498 [あなたのとりこ 17 創作]

 那間裕子女史は眉間に皺を寄せるのでありました。「と云う事は結局社員が個々バラバラの動きしか出来なくて、色んな点で仕事のロスが多くなるんじゃないかしら。そうして次第に社員間の気持ちのズレとか隙間が顕在化してきて、皆の士気もやる気も仲間意識も落ちて、寧ろストレスばかりになって、結局何に依らず上手くいかなくて、・・・みたいになっていく気がするの。そう云うところでの片久那さんの存在は大きいのよ」
「片久那制作部長が扇の要、みたいな存在であると云う点は同意します」
 頑治さんは一つ頷くのでありました。「しかし時間が必要かも知れませんが、片久那制作部長の代わりに、扇の要の役割を担える人が屹度出て来るんじゃないですかねえ」
「そんな人、出て来るかしら」
 那間裕子女史は至って懐疑的な様子であります。
「不可欠と云う存在なんて実は存在しないのかも知れませんよ、この世の凡の組織に於いては。誰かが欠ければ次の誰かがひょっとすると意外なところから必ず現れるんじゃないですかね。何かの宗教みたいに観念論的にこの世が存在していないとするならば、人間の造る組織なんと云うのは、結構フレキシブルなものじゃないですかねえ」
「でも、必ず次の誰かが表れる、と云うのも、云ってみれば観念論の類じゃないの?」
「ああ成程、そうも云えるかもしれませんね」
 頑治さんは頭を掻くのでありました。「俺はつまり気楽に出来ているんですかねえ」
「気楽と云えばそれは確かに、途方もなくお気楽だと云えるかしらね。でもまあそんなところが、・・・・つまり、唐目君の魅力的なところだけどね」
 那間裕子女史はそう云ってはにかむように笑って目を伏せるのでありました。
「なんだか侮られているのか褒められているのか良く判りませんけど」
「どちらかと云うと褒めているのよ」
「ああそうですか。一応そう云う事なら、有難うございます」
 頑治さんはお辞儀して見せるのでありました。
「何だか唐目君と話していたら、少し気が晴れたかな」
 那間裕子女史はコーヒーカップを取り上げて一口飲むのでありましたが、ウィンナコーヒーの表面に浮いているクリームが唇の端に付着したのを、恥ずかしそうにカップを持っていない方の手の小指を立てて急いで拭うのでありました。今迄見た事がないなかなか女っぽい仕草だと、頑治さんは何故か意外の感を持つのでありました。
「でもさっきの話しだけどさ」
 那間裕子女史はコーヒーカップを受け皿に静かに戻すのでありました。「グルっと見渡してみて、片久那さんの欠けた代わりになるような人が、今の会社の中に居るかしら」
「均目さんとかはどうですかね?」
「均目君は色んなところでまあまあそつが無いけど。でもちょっと小粒よねえ」
 この辺りから、那間裕子女史は案外しおらしいところの仄かに漂う女性の外貌から、何時もと変わらない少々小憎らしい直言家の顔に戻るのでありました。
「袁満さんとか日比さんはどうですかね?」
(続)
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