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あなたのとりこ 448 [あなたのとりこ 15 創作]

「それはつまり土師尾さんと片久那さん二人の、自分達の待遇に関する何事かが急に、出雲君が出て行った後に社長から提示されたと云う事かしらね。そうじゃないと仕事そっち退けでこんなに長く社長と談判なんか、あの二人はしないんじゃないかしらね。逆にそう云う事なら、あの二人なら平気で仕事をそっち退けするって事だけど」
 那間裕子女史が別に皮肉を云う風でもなく至ってクールに云うのでありました。
「まあ、いざこざの種は何時も社長が蒔くとは限らないし、寧ろそれは土師尾常務のお家芸で、出雲君を予定通り退職に追い込んだんだから、何かご褒美を寄越せとか捩じ込んでいるのかも知れない。片久那制作部長も多分それに同調しているんだろう」
「恥知らずの土師尾さんならそんな事も遣らかしかねないけど、片久那さんがそこ迄如何にも浅ましい要求を社長にするかしら。かなり偏屈な人だけど、筋は通すし結構義理人情を重んじるみたいだし、外見をひどく気にする一面も濃厚にあるから」
「でも片久那制作部長にしても積極的に加担する訳ではないにしろ、出雲君を辞めさせるのは疾うに承知していた筈だし、土師尾常務の浅ましさに、一見消極的な装いはしながらも、ちゃっかり便乗するくらいのワルの一面もちゃんとあるし」
「自分が表立ってと云うのは都合が悪いけど、仕方なく浮世の義理から便乗する、と云う体裁なら、全く考えられない事でもないかしらね」
 那間裕子女史も均目さんも、片久那制作部長と云う人の人格的陰影の深さに対する畏怖から、一方に絶大なる心服の情を持ちながらも、もう一方で心底からは信頼出来ないと云う警戒心も一緒くたにして持ち合わせているのでありましょう。まあその割合は、頑治さんが見るところ信頼感七分に警戒心三分、と云った辺りでありましょうか。
「唐目君の読みに依ると、出雲君の次は日比課長と云う事になる」
 均目さんが箸を置いてウーロン茶を啜ってから云うのでありました。
「今度は土師尾さんの二番手たる日比さんを切る番だと云う訳ね」
 那間裕子女史も小振りの白いウーロン茶の茶碗に手を伸ばすのでありました。
「それは前にも云ったけど、何の根拠もない俺の推察以上ではないですけどね」
 頑治さんは如何にも自信無さそうに、且つそれに付いて責任も負い兼ねると云うような意気地無しの口調で云って、自分もウーロン茶の茶碗を手にするのでありました。
「でもその読みは多分当たっていると思うわ」
 那間裕子女史が一つ頷いてから茶碗に口を付けるのでありました。
「未だ当分、一悶着も二悶着もこれからあるって事かな」
 均目さんがやれやれと云った顔をするのでありました。それを潮に、と云う事にして立ち上がった三人は、割り勘で会計を済ませて足取り重く帰社するのでありました。

 未だ土師尾常務と片久那制作部長は社長室から帰って来てはいないのでありました。ここまで長い談合をしているとなると一体何をそんなに話し合っているのかと、何やら更に不安になって来るのは社員全員の心情と云うもので、頑治さん達が事務所に戻るとすぐ、袁満さんがそわそわしながら近付いて来て話しかけるのでありました。
(続)
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