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あなたのとりこ 449 [あなたのとりこ 15 創作]

「未だ土師尾常務も片久那制作部長も帰って来ないぜ」
 袁満さんは昼食から返って来た三人を見回して呆れたように云うのでありましたが、その目は明らかに大袈裟なくらいの動揺を宿しているのでありました。
「お昼になったから、三人で一緒にご飯を食べに行ったんじゃないの?」
 那間裕子女史が袁満さんの小心を鬱陶しがってか、すげなく返すのでありました。
「いや、俺も昼飯を食いに出て行く時と帰って来た時に、ちょっと社長室の前迄行ってみたけど、ずうっと中に居て三人で話し込んでいる気配だったよ」
「出雲君が社長室から一人出て来る時は、別に変った様子はなかったんだよねえ」
 均目さんが袁満さんのそわそわ顔から目を逸らして、その肩越しに自席に座ってスポーツ新聞を眺めている出雲さんの方に視線を遣って訊くのでありました。
「そうですね。特に変わった様子はなかったですねえ」
 出雲さんは顔を上げて愛想笑いながら返すのでありました。
「ま、ここであれこれ憶測して不安がっていても意味が無いし、まさかこの儘ずっと終業時間まで社長室に居続ける事はないだろうから、帰ってきたら訊き質せば良いわよ」
 那間裕子女史が袁満さんを窘めるように見てから、すぐにその後に出雲さんの方を見遣るのでありました。「それより出雲君は、この後何時まで出社するの?」
「規定では今日から一か月後迄、と云う事のようですが、給料計算の区切りが良いからと云うので、この二十日の締め日迄で良いと云う事になりました」
「ふうん。山尾さんの時と同じね、その辺は」
「そうですね。別に新しい人を雇って引継ぎする事も無いし、元々、新しい人なんか雇う予定はないと云う事のようっスから」
 それはそうでありましょう。出雲さんを担当にして始めた地方特注営業なんと云う仕事は、出雲さんの退社を秘かに狙って企まれた仕事で、本気の新しい営業方策なんぞでは端からなかったのでありましょうから、今後の継続も先ずないと云う事であります。
「じゃあ、それまでにちゃんとした送別会を企画しないとね」
「いやあ、一昨日新宿で、皆さんと飲んだあれが送別会と云う事で良いですよ」
 出雲さんは那間裕子女史に向かって掌を横に振って見せるのでありました。
「でもあれは会社としての送別会でも組合としての送別会でもなかったし、あの時唐目君も甲斐さんも出席しなかったから、強いて云えば有志の送別会って感じでしょう」
「それでも俺は充分ですよ」
「いやいや、唐目君と甲斐さんと日比課長も、それに土師尾常務も片久那制作部長も、出来れば社長も含めて、会社全体で送別会をしないと何となくけじめが付かないかな」
 均目さんが那間裕子女史の発案なる、ちゃんとした送別会、の開催提案に賛同の意を表するのでありました。「唐目君もそう思うだろう?」
「俺も一応、ちゃんとした送別会、と云う形で出雲さんを見送りたいかな」
 頑治さんも頷くのでありました。
「土師尾常務と片久那制作部長、それに社長も一緒に、か。・・・」
(続)
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