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あなたのとりこ 432 [あなたのとりこ 15 創作]

「と云う事は、先方もあれこれ気には掛けてくれているって事か」
「そんな感触っス。まあ、片久那制作部長への気遣いもあるでしょうから」
「そっちの方の仕事もうっちゃって会社を辞めるのか、出雲君は?」
 均目さんは出雲さんに対する糾弾としてその話しを収めるのでありました。そう云う風に話しが導かれた事が出雲さんは少々不本意のようでありましたが、それに間違いはないと考えるのか不愉快そうな表情をするものの抗議の言は返さないのでありました。
「それはちょっと酷な云い方じゃないの」
 那間裕子女史が頑治さんに後頭部を見せて、自分を挟んで頑治さんの向う側に座っている均目さんの方に顔を向けるのでありました。
「そっちの仕事は日比さんにでも引き継げばいいんだから、別に無責任に放ったらかしにして辞める、と云うんじゃないんじゃないかなあ」
 袁満さんが出雲さんの代わりに抗弁するのでありました。
「でもその仕事は片久那制作部長が、会社のためと云うよりは出雲君のために、と云う思いで紹介したものに違いないのだから、日比課長や、況や土師尾常務に引き継ぐと云うのは、片久那制作部長の真意からは逸れる事になるんじゃないかなあ」
「要するに、出雲君は片久那制作部長の厚意を足蹴にしている、と云いたいの?」
 那間裕子女史が少し険しい口調で均目さんに訊くのでありました。
「足蹴にしている、と云うのは少し大袈裟で強すぎる云い草だけど、でもまあ、片久那制作部長への申し訳無さは、あっても良いかなと思うんだけどね」
「それは確かに折角助力して貰ったんスから、俺も申し訳無いと思っています」
 出雲さんは悄気て俯くのでありました。
「それならそっちの方面から何か注文が入って、実績を一つ上げて、それ迄待ってからから会社を辞めても良いんじゃないかなあ」
 ここで均目さんの話しは出雲さんの慰留と云う本来方向に収束するのでありました。
「それ迄待っていられないくらい、出雲君はすぐに会社を辞めたいんだと思うよ」
 何も云わない出雲さんの代わりに袁満さんがその心の内を代弁するのでありました。
「そんなに、もう一時でも居たくはない程会社を忌み嫌っているのかな?」
 均目さんは背凭れから身を起こして蹲って、出雲さんの顔をテーブルに置いてあるコーヒーカップの上縁すれすれから覗き込むように、上目遣いに訊ねるのでありました。
「いやまあ、忌み嫌っている訳じゃないんスけど、仕事に意欲的でもないと云うのにダラダラ会社に残っていても、それは給料泥棒と云う事になっちゃいますし」
 これは会社を早々に辞めなければ、土師尾常務から屹度そう云われるに違いないと出雲さんが思い做していると云う事でありましょうが、その実現性は大ではありますか。
「仕事の意欲がすっかりなくなったと云う訳だね?」
 均目さんが確認するように問うのでありました。
 出雲さんは何も云わすにお辞儀するようにゆっくり一つ頷くのでありましたが、それはなかなか決然とした頷き様のように頑治さんには見えるのでありました。
(続)
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