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あなたのとりこ 394 [あなたのとりこ 14 創作]

 まあ、土師尾常務としては常に片久那制作部長を意識して、それに決して劣らない迫力と存在感を社員の前で醸し出そうと必死なのでありましょうが、なかなかご当人の狙い通りにはいかないようで、それがまたこの御仁にとっては慎に腹立たしい事なのでありましょう。この欲求不満が、この人を余計にいじましく見せて仕舞うのでありますけれど。
「そんな事を云うのなら、僕の代わりに那間君が営業に出れば良いじゃないか」
「そんな子供が駄々を捏ねるような事を云わないでくださいよ、みっともない」
「まあまあ、那間君ももう少し冷静になって」
 全く怯まないで益々嵩じて土師尾常務と言葉の遣り取りで対抗しようとする那間裕子女史を、社長が宥めるのでありました。「土師尾君もそんなに興奮しないで」
 ここでも仲裁役を演じる社長の魂胆としては、まあ、場の空気から、そう云う役回りを演じざるを得ない点はあるとしても、しかしどちらかと云うと天性の八方美人的にエエ格好をしたいためであろうと、頑治さんは人の悪い解釈をするのでありました。実は社長としては内心、こういう役回りを演じる事態が無性に好きなのでありましょう。
「常務は片久那さんに対しても、業績が悪いのは自分の営業力が無いためじゃなくて、制作部で作る商品が悪いためだと云えるんですね?」
 社長の取り成しも意に介せず脇の方にさて置いて、那間裕子治氏は土師尾常務を睨みながら挑むような口調で訊ねるのでありました。急に片久那制作部長の名前が出て来たものだから土師尾常務は一瞬たじろぐのでありましたが、すぐにここが自分の自尊心と体裁を守るための正念場と体勢を立て直して、那間裕子女史を睨み返すのでありました。
「勿論、片久那君とはそう云う話しはもう既に頻繁にしている」
「へえ。あたしは片久那さんから常務とそんな話しをしているとは全く聴かないけど」
「それは那間君なんかに云う必要が無いからだろう」
「ああそうですかねえ」
 那間裕子女史は頬に冷笑を浮かべて懐疑の顔をして見せるのでありました。「まあそれに関しては、片久那さんに確認してみればすぐに判る事だけど」
「何をそんなに可愛気の欠片も無い、挑みかかるような事ばかり私に云うんだ?」
「勝手にあたしに可愛気とか期待しないで貰いたいですね」
 那間裕子女史は土師常務から目を背けてつれなく往なして見せるのでありました。その態度に益々土師尾常務は逆上するのでありました。
 しかし幾ら可愛気も愛嬌も皆無で、人一倍勝ち気でキツイ性格のヤツであろうとも、会社での地位が自分より下の女性に対してこうまで熱り立って仕舞うのは余りにも見た目が悪かろうと思い直したのか、或いはそれともこれ以上言葉の応酬を続けても那間裕子女史には結局叶わないし寧ろ立場が不利になると見極めたのか、土師尾常務は云い返したいのは山々なれどここはぐっと、強いて自分の感情を押し殺すように、奥歯を噛みしめるような不本意気な顔をして口を噤むのでありました。なかなかの演技派の顔でありますか。
「これ以上ここで、売り上げ低迷の原因が営業力にあるのか、それとも制作部の商品開発力にあるのか議論していても無意味なんじゃないかな」
(続)
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