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あなたのとりこ 310 [あなたのとりこ 11 創作]

「社長と片久那制作部長は、調子に乗るなよ、と思っているだろうな」
 袁満さんが乾杯の後、溜息を一つ吐いてから云うのでありました。
「別に調子に乗っている訳じゃないわ。あくまで最初の要求を貫きたいだけよ」
 那間裕子女史がビールの泡を少量乗せた儘の上唇を動かすのでありました。しかし要は回答書に記載される金額のあわよくばの微増を狙っての事であり、最初の要求を貫きたいとか云う意志的な決裂と云うよりは、上乗せ交渉の手練手管の一種と云うべき様相であろうと頑治さんは思うのでありました。まあ、ここで態々そんな那間裕子女史に対する皮肉っぽい挑発なんかをして、女史の剣突を頂戴する了見は全く無いのでありましたが。
「少しくらいは金額が動くでしょうかね?」
 その日は珍しく居酒屋に迄同行してきた横瀬氏に袁満さんが訊くのでありました。因みに第二次団交には一次団交の時と同じく来見尾氏も顔を出したのでありましたが、その日はこの後にプライベートな用があると云うので、団交が終了した後は一人、一団から離れて錦華公園を抜けて御茶ノ水駅の方に帰って行ったのでありました。
「どうかな」
 横瀬氏は懐疑的な表情に少し不愉快が混入したような顔付きでありましたか。氏の感触としては徒に組合の方が妥結迄の途を長引かせていると云う印象なのかも知れません。
「まあ、二次回答の内容でも、我々にとっては充分勝利と云えるんじゃないのかな」
 そんな横瀬氏の気配を察してか、均目さんが云うのでありました。「横瀬さんも二次回答を以って妥結しても良かったとお考えなんでしょう?」
「明快な年齢別賃金の体系が出て来たし、その賃金体系に則るための是正も出すと云っているし、回答額そのものにも一定の誠意は感じられるし、欲をかいてこれ以上態と拗らせる必要は無い気もするなあ。ま、妥結するかどうかは勿論当該が判断する事だけど」
「でも取れる時にギリギリ取れるだけ取っておかないと、後が期待出来ないと云う見方もあるんじゃない。特にあちらには判らんちんの社長と土師尾さんが居る事だし」
 那間裕子女史は組合員の中で一番粘り強い闘争的な姿勢の保持者でありますか。
「でもあの三人の中では片久那制作部長が圧倒的に主導権を持っているから、社長や土師尾営業部長の出る幕は先ず無いんだろうけど」
 均目さんは片久那制作部長だけを交渉相手として見ているようで、社長や土師尾営業部長の存在は殆ど眼中に無いと云った様子であります。
「でも、社長に決定権があるわよ、最終的には」
「そうであるけど、社長は片久那制作部長に逆らえない」
「社長は片久那制作部長には、弁に於いては全く歯が立たないからね」
 袁満さんが均目さんに同意するのでありました。
「それだけじゃなくて、社長としては若し片久那制作部長に臍を曲げられて、組合の側に走られては一大事と危惧しているんじゃないのかな」
「片久那瀬利作部長が組合の側に走る?」
「部長職ではあるけど、従業員である点は俺達と変わりは無いし」
(続)
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