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あなたのとりこ 175 [あなたのとりこ 6 創作]

 那間裕子女史が片久那制作部長の居る前で冗談めかして、山尾主任に向かって結婚を間近に控えてこれでは式の資金の足しにもならないだろう、等と勿論ボーナスを支給する側の片久那制作部長に当て付けるためにものしたところ、片久那制作部長はその言葉を聞きとがめて、出せるものなら俺だってもっと出したいよと、如何にも不愉快そうに横から口を挟んだと云う事でありました。これは後に均目さんから聞いた話しであります。
 片久那制作部長も、暮れのボーナスが満足に出せなかった事に後ろめたさがあったのでありましょう。社員に対して顔向け出来ないような気持ちから、那間裕子女史の揶揄に敏感に反応したと云うところでありますか。依ってその義侠的な引け目が、苛々した言葉付きとなって表れたのだろうと頑治さんは憶測するのでありましたが、均目さんは首を横に振りながら皮肉な笑いを浮かべて頑治さんの解釈を否定するのでありました。
「それは、多少はそんな気持ちもあったかもしれないけど、要するに自分の貰い分も少ないと云う事が、あの不機嫌の第一番目の理由だろうな」
「ふうん、そうかね」
「この会社の何から何まで実質的に動かしているのは自分だと云う自負もあるから、事もあろうにその俺様に対して社長は一体何を考えているんだ、と云った、公憤と云うよりは非常に個人的な憤怒が腹の底に蟠っていたものだから、折良く、と云うか悪く、那間さんが気に障る事を口走ったので、それに乗っかって不快をぶちまけたんだろうよ」
「ふうん。そうなのかねえ」
 頑治さんはそう無表情で受けて、それ以上は話しを深くしないのでありました。序に云えばこの時に先の、入社一年未満の社員にはボーナスは出さない決まりだと土師尾営業部長から聞いた事が嘘だと、はっきり均目さんから聞き出したのでありました。それに頑治さんに二万円の慰労金が出たのは片久那制作部長の意からである事も。
「その土師尾営業部長の恩着せがましさも、自分の不満を解消するためのものだろう」
「不満を解消するために恩着せがましい物腰になるものかね」
「まあ、直ではないけど、紆余曲折の思いの結果的な発露として、恩着せがましい事の一つも云って置きたくなったんだろう。そう云うところはあの人の天性でもあるけど」
「ふうん、そうなのかねえ」
 頑治さんは先程と同じ口調で同じ事を繰り返して、これもそれ以上話しを進めないのでありました。まあ、頑治さんとしては二万円とは云え給料以外の支給があった事に、不満ではなく喜びを多く実は秘かに感じていたのでありましたから、均目さんとの会話を態々刺々しく愉快ならざる方向に進める謂れは全く無かったのでありますから。

   労働組合

 神保町二丁目の白山通りから一筋外れた細い道の、二階建てや三階建ての小さな建物が立て込んだ街区にある雑居ビルの三階にその貸し会議室はあるのでありました。頑治さんは均目さんと那間裕子女史の二人と連れ立ってそこへ向かうのでありました。
(続)
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