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あなたのとりこ 174 [あなたのとりこ 6 創作]

「判りました。それでは今後共よろしくお願いします」
 山尾主任が横に座る横瀬氏の顔を見ながらお辞儀するのでありました。それを見て他の四人も銘々に頭を下げるのでありました。
「こちらこそよろしくお願いします。伴に頑張りましょう」
 横瀬氏も丁寧に五人の顔を夫々見ながら五回浅いお辞儀を繰り返すのでありました。

 一日置いた木曜日、結局ボーナスは形式通りには出ず、慰労金と云う名目で、日比課長に十万円、山尾主任に七万円、頑治さんを除いたその他の社員には五万円の支給があるのでありました。新参の頑治さんには二万円と云う額が渡されるのでありました。
 退社時間間際に下の倉庫から上の事務所に戻った頑治さんは、土師尾営業部長から角形八号の白封筒を差し出されるのでありました。
「本来は入社一年未満の新入社員にはボーナスは出ない決まりなんだけど、今期は格別の計らいと云う事で少ないけど唐目君にも慰労金を出す事にしたよ」
 土師尾営業部長はそう前置きして白封筒を頑治さんに手渡すのでありました。「新人にしては前の刃葉君なんかよりも良く働いてくれているし、それに報いるためにも特別に配慮したんだ。そこのところを心に留めて、これからもよろしく頼みます」
「有難うございます」
 頑治さんは頭を下げて白封筒を押し戴くのでありましたが、土師尾営業部長のその恩着せがましい前置きに少々げんなりするのでありました。それに均目さんから聞いたところに依ると入社一年未満の新入社員にボーナスが出ない事はなく、均目さんも那間裕子女史も袁満さんも、それに出雲さんも込み入った日割り計算で少額ながら入社一年未満でもボーナスは貰ったと云う事でありました。頑治さんがその辺の事情に無知だと思ってそんな事を云っているのでありましょうが、明らかに虚言と云う事になる訳であります。
 これは、そのような無用な嘘まで弄して、恩着せの嵩増しをしようとする浅ましい魂胆からでありますか。こんなところが、この人が社員から心服されない要因の一つでありましょう。自分の言葉や行為のより大きな効果を狙ってしているのでありましょうが、意に反して逆に軽侮を頂戴する羽目になると云う、実に間抜けな遣り口であります。
 それに後で知ったところに依るとこの、格別の計らい、なるものも土師尾営業部長の計らいと云うのではなくて、片久那制作部長の配慮と云う事のようでありました。元々社長や土師尾営業部長は頑治さんの慰労金に関しては一顧も無かったようでありますが、それでは頑治さんの勤労意欲が下がると片久那制作部長が反論して、それで結局支給する事になった模様でありました。これは均目さんが教えてくれたのでありました。
 云ってみれば出す心算も無かった慰労金を特別に出してやるのだから有難く頂戴しろ、と云う一方的な思いが、あの嘘も動員して恩着せがましさを増幅させようとした云い草になったのでありましょう。何ともちんけな話しでありますが、まあ、それはそれとして、予て申し合わせていた通り社員の誰もが特別のリアクションを示さないのでありました。至って静穏にこのボーナス代わりの慰労金支給は執り行われたのでありました。
(続)
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