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あなたのとりこ 92 [あなたのとりこ 4 創作]

 急に袁満さんに自分の顔にケチを付けられた日比課長は思わず苦笑うのでありました
「いや俺も袁満君が考えている程、実は甘くはないんだよ」
「へえ、そうかねえ」
 袁満さんはあくまで侮りの口調を崩さないのでありました。「でも実態は、日比さんの事を何も有意な事を云えない、単なるお調子者のスケベ親父としか刃葉さんは見ていないと思うよ。完全に見縊られているに決まっているよ。出雲君もそう思うよなあ」
「いや良くは判りませんが」
 袁満さんよりも年下で、それに袁満さん程日比課長に遠慮が無い訳ではないためか、出雲さんは曖昧且つ無難に袁満さんの同意の要請を笑って受け流すのでありました。
「俺だってこう見えても、昔は柔道を少し齧った事があるんだから、そう簡単に刃葉君に遅れは取らない心算だけどなあ」
 日比課長はどういう了見か、諄く自分が力の行使では負けないと云う点に於いてのプライドを守ろうとしているのでありました。少し酔ってきたのでありましょうか。
「昔は柔道を齧った事があったとしても、現役黒帯の刃葉さんには先ず喧嘩じゃ叶わないに決まっているよ。それに日頃の自堕落な生活が祟って、その齧ったとか云う分はとうの昔に消えてなくなっているさ。年寄りの冷や水、と云う辺りが関の山だね」
「年寄りはないだろう。俺も袁満君如きに盛大に見縊られたもんだな」
 日比課長はコップのビールを飲み干すのでありました。まあ、これ以上ムキになって袁満さんに食い付かない辺り、未だ日比課長の酔いは然程でも無いのでありましょうか。
「山尾さんとかがきっぱり注意する事も無かったのですか、それに制作部長とかも?」
 頑治さんが話しを元に戻すのでありました。
「山尾君は時々小言を云っているみたいだけど、それも一向に効き目が無いようだね」
 日比課長が出雲さんにビールを注ぎ足して貰いながら云うのでありました。
「刃葉さんは山尾さんの事も融通の利かない朴念仁だと侮っているようだしね」
 袁満さんがコップを一口傾けてから云うのでありました、中身は殆ど減ってはいないのでありますが、出雲さんは袁満さんのコップにもビールを注ぎ足すのでありました。
「刃葉さんは社内の人総てを侮っているみたいですね」
「そうだね、唯一の例外は片久那制作部長なんだけど、無駄だと思っているのか刃葉さんには何も注意を与えない。存在自体を全く無視、と云う感じみたいだね」
「そんなものぐさで良いんですかね」
 頑治さんはそう呟いてから出雲さんが差し出すよりも早く、自ら瓶を取って自分のコップにビールを注ぎ入れるのでありました。これは、年下とは云え会社の中では先輩に当たる出雲さんの手数を憚った心算でありました。
「良いか悪いかは兎に角、今迄そう云う風に刃葉君を憚ってきたのは確かだね」
「ああそうですか」
 頑治さんは醒めたように呟くのでありました。これはつまり、度を越した事なかれ主義であり、会社への思い入れが社員全員に欠けている証しとも取れる訳でありますか。
(続)
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