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あなたのとりこ 91 [あなたのとりこ 4 創作]

「唐目君が入って二か月どころか一か月経たなくても、もう刃葉君より仕事が出来るようになったものだから、早々に厄介払いしたくなったんだろう」
 日比課長が土師尾営業部長の魂胆を推量するのでえありました。自分の名前が出て来たものだから頑治さんは傾けかけていたジョッキの動きを竟々止めるのでありました。
「それはそうだけどね。唐目君が入ってから倉庫が見違えるように綺麗になったし、棚が何時も整理されているから出し入れも効率的になったし、手際が良いから何をやらせてもそつが無いし、刃葉さんより遥かに仕事の信頼感はあるし、車の運転も上手いし」
 袁満さんが、この場で持ち上げる必要は特段無いようでありますが、頑治さんの仕事振りを褒めて見せるのでありました。まあ確かに、頑治さんが考えてもそれはその通りでありますか。しかし車の運転に関しては袁満さんは頑治さんの技量を知らない筈でありますから、何故それを褒めるのか頑治さんは訊くのでありました。
 そうすると袁満さんは、池袋の宇留斉製本所に行く場合の、帰社時間が刃葉さんより遥かに早い事を理由として挙げるのでありました。
「刃葉さんは何時も午後の一時過ぎになってから帰っていたけど、まあ、途中で昼休みを取るとして、それでも午前中一杯掛かっていただろう。唐目君が行くと場合に依っては十一時前には帰って来るからなあ。だから運転がスムーズなんだろうと思ってさ」
 池袋の宇留斉製本所へは初回は刃葉さんに同行したのでありましたが、別に難しい経路でも込み入った仕事でも無いのだから、次回からは頑治さんが一人で行っているのでありました。羽場さんは色んな理由から自分が行きたそうでありましたが、制作部の山尾さんの指示で次からこれは頑治さんの担当となるのでありました。どうやら当の宇留斉製本所から、次回以降は頑治さんに来て貰いたいとの要望があったようであります。
 それにつけても運転技術だけでは一時間以上の差は出せないと頑治さんは内心で袁満さんに云うのでありました。羽場さんは無意味な近道指向で結局時間を無駄にしたり、未だ仕事時間中であっても帰路に喫茶店に寄ったり私用を入れたりするから遅くなるのであります。しかし頑治さんにはその不謹慎をここで論う了見は別に無いのでありました。
「今まで刃葉君の仕事振りは、一体何だったんだと云う思いは俺にもある」
 日比課長が袁満さんの話しに乗っかるのでありました。「普段から社員の誰彼の目がある倉庫を屡勝手に離れてコーヒーを飲みに行ったりするくらいだから、車で外に出たらもっと盛大にやりたい放題だろうとは想像が付いているけどね」
 日比課長は袁満さん程おっとりとはしていないようであります。
「そのサボりを今まで誰も注意しなかったんですか?」
 頑治さんは日比課長の手中のコップにビールを注ぎ入れながら訊くのでありました。
「下手に注意してキレたら怖いからなあ」
 袁満さんが諦めの笑いらしきを口の端に浮かべるのでありました。「相手は柔道とかの有段者だし、自戒とか抑制とか云う言葉が体内の何処にも無い人だし。それに第一刃葉さんは俺とか日比さんを日頃から小馬鹿にしているから、そんな人に注意されたりしたら屹度逆上するだろう。それに、日比さんときたら迫力のある顔なんか出来ない人だし」
(続)
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