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あなたのとりこ 90 [あなたのとりこ 3 創作]

 暫くして土師尾営業部長が事務所を後にするのでありました。暫しの時を置いたのは、先に帰った刃葉さんと外で鉢合わせする危険を考慮した故でありましょう。ひょっとして待ち伏せでもされていたら拙いと取り越し苦労したのでありましょうが、この人にそんな小心さがあるのは今までの付き合いから頑治さんは察する事が出来るのでありました。
 日比課長も袁満さんも出雲さんも帰り支度を始めるのでありました。
「ちょっとこんな事やっていく?」
 日比課長が向かい側の席に座っている袁満さんに、猪口を持つ手付きをしてそれを口の前で傾ける真似をして見せるのでありました。
「ああ、いいよ」
 袁満さんが同意するのでありました。
「出雲君も大丈夫だろう?」
 袁満さんの隣の出雲さんにも日比課長は同じ仕草をして見せるのでありました。
「ええ、お付き合いしますよ」
「唐目君はどうだい?」
 日比課長は頑治さんの方に顔を向けるのでありました。
「はい。俺も付き合います」
 その日は夕美さんとの逢瀬の約束も無かったから頑治さんも同意するのでありました。勿論夕美さんとの逢瀬が頑治さんにとっては何より優先であります。
 三人は、大概の日は残業している制作部の四人にお先にの挨拶をしてから会社を出るのでありました。行った先は前に頑治さんの歓迎会が催された居酒屋でありました。
 今回も座敷に上がって座卓に着くと、夫々先ず生ビールの大ジョッキを注文してから、後は適当に袁満さんが持って来る料理を店員にあれこれ指示するのでありました。
「いやいや、営業部長にも参るよなあ、毎度の事だけど」
 日比課長が運ばれて来たビールを取り上げてげんなり口調で云うのでありました。
「あの人は何をやらかすにも、絶妙に、タイミングが悪いからねえ」
 袁満さんはそう皮肉っぽい口調で受け応えてから大ジョッキを手にして一口煽るのでありました。「しかも前々から云おうと思っていたんじゃなくて、さっき急に思い付いて、刃葉さんの反応とかは端から考えもしないで、あのタイミングで云ったんだろうしね」
「営業部長は刃葉さんに何を云ったんですか?」
 出雲さんが横の袁満さんに訊くのでありました。出雲さんは土師尾営業部長と刃葉さんの揉め事の経緯に無関心なのか、あんまり想像力が働かないようでありました。
「刃葉さんは来月の二十日まで働くことになっているんだけど、その必要も無さそうだから今月の二十日で辞めてくれないかって営業部長が唐突に云い出したんだよ」
「それで刃葉さんが、それは困るとゴネていた訳ですか」
「そうそう、そう云う経緯」
 袁満さんは頷きながらもう一口ビールを飲むのでありました。贈答社は賃金に関しては毎月二十日が締め日で、二十五日が給料支払い日になっているのでありました。
(続)
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