あなたのとりこ 23 [あなたのとりこ 1 創作]
「紙をどうするんだい?」
「棚の見取り図を描いて、倉庫の邪魔にならない所に貼っておきたいと思いまして」
「ああ成程ね」
片久那制作部長は頑治さんの意図を了解して横のマップケースの一番下から、大判の雑誌を見開きにしたくらいの大きさの厚紙を一枚取り出すのでありました。手渡された厚紙は何かの書籍の、表紙の校正刷りと思われるものでありました。その厚紙の、印刷されていない裏面を見取り図描きに使えと云う事でありましょう。
「それで良いかい?」
「はい。有難うございます」
ペラペラの薄い紙よりは厚紙の方が用途からして好都合と云うものであります。
「ところで作業服は未だ貰ってないの?」
席へ戻っていた山尾さんが訊くのでありました。
「はい未だ貰っていません」
頑治さんがそう応えると、ほんの暫くして土師尾営業部長が制作部スペースの方に顔を出すのでありました。営業部と制作部はマップケースの仕切り壁を隔てただけなのでありますから、こちらの会話は向こうにも筒抜けでありましょう。
「はいこれ、使ってくれ」
土師尾営業部長は頑治さんに、綺麗に折り畳まれてビニール袋に入った薄い黄土色した新品の作業服を手渡すのでありました。「すぐに渡す心算で用意していたんだよ」
山尾主任の、作業服は貰ったかと云う頑治さんへの問い言葉を聞きつけて、急いで持ってきたのだと思われるのでありました。と云う事は、すぐに渡す心算、とは云っているものの今の今まで渡すのをすっかり忘れていたのでありましょう。
「ああ、有難うございます」
頑治さんは受け取りながら土師尾営業部長にお辞儀するのでありました。これで下の倉庫に行っても一張羅のスーツを汚さなくて済むと云うものであります。
さてところで、制作部の空気が土師尾営業部長が出現した途端にやや白んだような気がするのでありました。何やら部外者が突然闖入してきた時のような、微妙な余所々々しさが生まれたような具合であります。片久那制作部長以下制作部の連中はこの制作部スペースに制作部以外の者が侵入して来るのを内心迷惑に思っているのでありましょうか。
そうなら頑治さんの侵入時にも、気付かなかったのでありましたが同じような気配が漂ったのでありましょうか。しかし頑治さんは山尾さんに連れて来られたので闖入したのではない訳であります。依って空気は揺らがなかったとも思えるのであります。
しかし土師尾営業部長の出現には、明らかにげんなり感が生成したのであります。こう云った辺りの感受性に於いて頑治さんは昔から全く呑気ではないのでありました。
ひょっとしたら制作部と営業部は不仲であるのかも知れません。或いは片久那制作部長と土師尾営業部の間が上手くいっていなくて、その気色が揺々しているとも考えられるのであります。まあ今のところあくまで頑治さんの直感以上ではないのでありますが。
(続)
「棚の見取り図を描いて、倉庫の邪魔にならない所に貼っておきたいと思いまして」
「ああ成程ね」
片久那制作部長は頑治さんの意図を了解して横のマップケースの一番下から、大判の雑誌を見開きにしたくらいの大きさの厚紙を一枚取り出すのでありました。手渡された厚紙は何かの書籍の、表紙の校正刷りと思われるものでありました。その厚紙の、印刷されていない裏面を見取り図描きに使えと云う事でありましょう。
「それで良いかい?」
「はい。有難うございます」
ペラペラの薄い紙よりは厚紙の方が用途からして好都合と云うものであります。
「ところで作業服は未だ貰ってないの?」
席へ戻っていた山尾さんが訊くのでありました。
「はい未だ貰っていません」
頑治さんがそう応えると、ほんの暫くして土師尾営業部長が制作部スペースの方に顔を出すのでありました。営業部と制作部はマップケースの仕切り壁を隔てただけなのでありますから、こちらの会話は向こうにも筒抜けでありましょう。
「はいこれ、使ってくれ」
土師尾営業部長は頑治さんに、綺麗に折り畳まれてビニール袋に入った薄い黄土色した新品の作業服を手渡すのでありました。「すぐに渡す心算で用意していたんだよ」
山尾主任の、作業服は貰ったかと云う頑治さんへの問い言葉を聞きつけて、急いで持ってきたのだと思われるのでありました。と云う事は、すぐに渡す心算、とは云っているものの今の今まで渡すのをすっかり忘れていたのでありましょう。
「ああ、有難うございます」
頑治さんは受け取りながら土師尾営業部長にお辞儀するのでありました。これで下の倉庫に行っても一張羅のスーツを汚さなくて済むと云うものであります。
さてところで、制作部の空気が土師尾営業部長が出現した途端にやや白んだような気がするのでありました。何やら部外者が突然闖入してきた時のような、微妙な余所々々しさが生まれたような具合であります。片久那制作部長以下制作部の連中はこの制作部スペースに制作部以外の者が侵入して来るのを内心迷惑に思っているのでありましょうか。
そうなら頑治さんの侵入時にも、気付かなかったのでありましたが同じような気配が漂ったのでありましょうか。しかし頑治さんは山尾さんに連れて来られたので闖入したのではない訳であります。依って空気は揺らがなかったとも思えるのであります。
しかし土師尾営業部長の出現には、明らかにげんなり感が生成したのであります。こう云った辺りの感受性に於いて頑治さんは昔から全く呑気ではないのでありました。
ひょっとしたら制作部と営業部は不仲であるのかも知れません。或いは片久那制作部長と土師尾営業部の間が上手くいっていなくて、その気色が揺々しているとも考えられるのであります。まあ今のところあくまで頑治さんの直感以上ではないのでありますが。
(続)
2017-08-02 09:00
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