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お前の番だ! 595 [お前の番だ! 20 創作]

「まあ、形の上では、それはそうだがな」
 是路総士は笑いながら茶を啜るのでありました。「今からお前に親炙せんとする人間が増えると云う事だから、次期宗家としてお前も着々と頼もしくなっておるなあ」
 この言葉は是路総士の好意的な笑顔の上に乗っているのでありました。
「僕は特段そのような心算はないのですが」
 万太郎は頭を掻くのでありました。
「しれっとしたそう云うお前の様子がまた、頼もしいところとも云える」
 是路総士は笑顔を何度か上下させるのでありました。
「そんなものでしょうかねえ」
 万太郎の何となく鈍い反応に横のあゆみが口に掌を添えて笑うのでありました。
 その万太郎の親炙者第一号たる真入増太が、或る日食堂に入って来て、そこでコーヒーを飲んでいた万太郎に恐る々々と云った態で訊ねるのでありました。少年部の稽古中でその日偶々万太郎と真入の出番はなく、食堂には万太郎一人が居たのでありました。
「総務長先生、つかぬ事をお聞きしますが、・・・」
 真入は座っている万太郎とテーブルを挟む向い側に立った儘で云うのでありました。
「何だ、その、つかぬ事、とは?」
「ええ、その、総務長先生が総士先生に伝授された常勝流の秘伝の事なのですが、・・・」
 直系相伝のものでありますから、他者たる自分がそれを聞くのは不謹慎で、憚らなければならないかと云うたじろぎが籠った口調でありました。
「その秘伝がどうしたんだ?」
「いや、それがどんなものか訊くわけにはいかないでしょうが、一端くらいは教えていただけるものかと思いまして。・・・」
「非公開が原則だ」
 万太郎は厳な口調で先ず云って、それからすぐに表情を緩めて些か冗談めかして続けるのでありました。「それに、教えると値打ちが下がるから、一端も何も教えないぞ」
 万太郎の拒絶の言葉に、真入は落胆の色を顔に浮かべるのでありました。
「しかし総務長先生の技の中に、今後その一端とかは現れるのでしょうか?」
「いや、現れないな。あっさり表わしたら、そこで既に秘伝じゃなくなるだろう?」
「まあ、それはそうですが。・・・」
 真入は好奇心がなかなか仕舞い難い、と云った顔で残念がるのでありました。
 秘伝伝授の折、万太郎は是路総士に先ず、秘伝は一度でもその技術を使った途端、もう秘伝ではなくなる、と先の万太郎の言をその儘云われたのでありました。
「だから、生涯使わないのが秘伝の秘伝たる所以だ」
 是路総士は特に意趣あってと云う風ではなく、全く無表情で云うのでありました。「秘伝は真摯に修行を続けていれば手に入れられるもの、と云う技法列の最先端にあるのではなく、それとは全く違うところに存するものと云う事になるのだが、それを習ったからと云って飛躍的に強くなると云うものでもない。云うなれば外連の技だ」
(続)
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