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お前の番だ! 584 [お前の番だ! 20 創作]

 さて、新入り内弟子の真入増太の事を少し述べておけば、万太郎が八王子の洞甲斐先生の道場に談判に行って、行きがかりから手酷くぶん投げた翌日、早速に総本部道場を訪って玄関で土下座して入門を請うた程でありますから、門人となる意気ごみの程は充分と云えたでありましょうか。特に万太郎に対しては謹直であるのは云う迄もないのでありましたが、その分来間や準内弟子連中、それに時には鳥枝範士や寄敷範士、当時は花司馬教士に対しても、どことなく侮ったような風情があるのはいただけないのでありました。
 古株だからと偉そうにしているが、こっちが本気でかかればこの巨体を持て余して、手も足も出ないのではないのかと云う横柄が、心根の底の薄暗さの中に未だ蟠っていたのでありましょう。しかし日々の稽古でコッテリと絞られ、組形の相手をしたり乱稽古の手あわせをしても、来間にも準内弟子連中にも当初は全く子供扱いされるのでありました。
 真入増太は鳥枝範士や寄敷範士すらも手古摺らせてやろうと云う慢心が満々でありましたが、しかし程なくこれは到底叶わないと観念したようでありました。それは武技を使うための体の芯が自分に出来ていないためだろうと、諸事にやや鈍感な真入増太でありますから人よりは多少の時間はかかりながらも、しかし結局そう気づくのでありました。
 あれこれ煩悶しながらそう気づくのでありますから、これだけでも常勝流の修業に打ちこむ意気ごみの証明であると云うものであります。万太郎は真入の真摯さをそこに見て、口には出さないものの心の奥で激励を送るのでありました。
 ひょっとしたら真入の入門時の意気ごみなんと云うものは、そうは長続きしないかも知れないと万太郎は一方に疑いを持ってはいたのでありました。万太郎に簡単にぶん投げられて感激し、そう云う技を自分も身につけたいと切望して即座に常勝流の門を叩いたものの、身体能力上そんなに器用な方でもなく、もの事をとことん突きつめようと云う思考様式も持ちあわせず、その巨体だけを頼りに格闘技的自信を醸造してきたのでありましょうから、日々の稽古にげんなりするのは明らかと憶測していたのでありました。
 しかし豈図らんや、地味な基本稽古にも極端に自儘を制限される準内弟子以上の組形稽古に於いても、真入は真剣さを失わないのでありました。特に万太郎の指導に対しては、まるで神聖なる啓示を身に受けるどこかの宗教の信徒の如き態度なのであります。
 万太郎にとってこれは驚嘆に値する見こみ違いなのでありました。内弟子として道場に起居するようになってからも、その真摯な態度は変化する事はないのでありました。
 内弟子ともなると稽古の量も厳しさも、求められる心胆の強固さも普通の門下生の比では遥かにないのでありますし、実技以外にも色々と細かい気働きを常時要求されるのでありますが、真入は不足ながらもそれを自ら判りつつ、健気に務めようと頑張るのでありました。ここまで覚悟して入門したとは万太郎は思ってもいなかったのでありました。
 嬉しい誤算、と云えばその通りであります。依って万太郎は真入を仕こむのに、弟子に対する愛情の発露たるより一層の厳しさを以って臨むのでありました。
 真入の万太郎への心服は相当のもので、それでも少しもへこたれないのでありました。云ってみれば万太郎は、勿論師匠と弟子と云う流派内の形式上の系列は置くとして、心の内の繋がりの謂いで、頼もしき直系一番弟子を得た事になるでありましょうか。
(続)
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