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お前の番だ! 572 [お前の番だ! 20 創作]

「まあ、要するにそうなんだけど、でも万ちゃんの助太刀と云うのも、考えてみれば烏滸がましい話しよね。あたしより万ちゃんの方が武道の実力は遥かに上なんだから」
「しかしそうであっても、切羽つまった心根は理解してくれと、そう云う事ですかね」
 良平が心理分析的な評言を述べるのでありました。「で、万さんの方としてはそのあゆみさんの心根に甚く感じ入って、それで話しのトントン拍子に到ったと云うわけだ」
「ちょっとげんなりするくらい大雑把だけど、まあ、つまりそう云う事かな」
 あゆみが一応の納得を表明するのでありました。
「あゆみ先生が折野さんの切所に何も顧みないで衝動的に後を追って飛び出した、と云うだけで充分かしらね。その行動を後であれこれ解説するのは蛇足みたいな気がするわ」
 香乃子ちゃんが納得気に一人頷くのでありました。
「ま、確かに、行動に一々妥当な説明が要るなんと云う考えは無粋ではあるか」
 横の良平も同意の頷きをするのでありました。「で、万さんはそのあゆみさんの行動を見せつけられて、一瞬で参ったと云う次第だろうな?」
「洞甲斐先生の道場にあゆみさんが現れた時、僕は先ず驚いて、それから急激にひどく嬉しくなりましたね。まさかあゆみさんが現れるとは考えもしていなかったですから」
 万太郎が少し照れながらその時の心情を吐露するのでありました。
「そりゃあ、胸がキュンとなるわよ。あゆみ先生にそんな事をされると」
 香乃子ちゃんがまた何度も頷くのでありました。
「胸が、キュンとなった?」
 香乃子ちゃんの言を受けて、あゆみが横に座る万太郎に、瞳に茶目っ気七分に真剣さ三分の光沢を湛えて訊くのでありました。
「押忍、キュンとなりました」
 万太郎は特に照れて道化る事もなくあっさりと頷くのでありました。あゆみがその万太郎の応えに満足気に笑むのでありました。

 座卓の真ん中に据えてある鉄の鋤焼き鍋から葱を摘むあゆみに、良平が日本酒の徳利を差しかけながら訊くのでありました。
「あゆみさんは万さんの事を何時頃から、そんな対象として意識していたのですか?」
 葱を自分の取り碗に移してから、あゆみは箸を置いて急いで盃を両手で取り上げて、良平の酌を受けるのでありました。
「そうね、何時頃からかしら。・・・」
 あゆみは思い返すような表情をするのでありました。これは万太郎としても確と聞き質した事がなかった事なので、興味津々にあゆみの顔を覗くのでありました。
「ごく最近の事、ですか、それともかなり以前からですか?」
「三四年前、と云った辺りかしらね。毎日の稽古でも、それに指導に関してもあたしはもう万ちゃんには、到底叶わないと兜を脱いだのがそのくらいだから」
 万太郎は心の内でほうと呟くのでありました。思い当る節はないのでありましたから。
(続)
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