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お前の番だ! 525 [お前の番だ! 18 創作]

「そんなところにイチャモンをつけに、態々八王子まで遣って来たのか」
 威治前宗家の方は、万太郎が何とも些細な点に文句を云い立てに来たものだと云う風に、嘲るような口調でそう返して、口の端に憫笑を浮かべて見せるのでありました。
「この度、常勝流、を敢えて会派の名前につけたのには理由がありまして、・・・」
 洞甲斐氏の方は一応真面目な面持ちで喋り出すのでありました。「ここにいらっしゃる若先生との話しあいの中で、これまで色々とお互いに曲折はあったにしろ、ここで今再び、道分興堂先生の興された旧常勝流興堂派の技術をしっかり研鑽継承して、道分先生の偉業を世に顕彰すると同時に、この優れた武道を広く普及させるべく我々二人で手を携えて活動して行こうと、そう云った趣意で心を一つにしましてね、その意気を自他に明快に顕すためにこの新会派の名称を、常勝流新興堂会、としたと云う次第なのです」
 途中で万太郎は表情には出さないものの、一瞬呆然として、その後に狼狽すらして仕舞うのでありました。嗚呼、何と云う、ご立派で気高い心がけである事か!
 数多居るお弟子さんの中で、興堂範士の技術を真面目に学ぼうとしなかった筆頭中の筆頭格がこの面前の二人ではなかったかしらと、万太郎は腹の中で失笑を禁じ得ないのでありました。それが抜けぬけとよくもまあご大層な志なんぞを宣うものである事か。
 まあしかし、それを云って仕舞うと話しが急に荒けなくなるのは必定でありますから、万太郎は苦労して無表情を貫くのでありました。
「お二人の新しく結成された会の趣意は判りました。しかしその事と、常勝流、の名称を総士先生に無断で使用する事は別の話しです」
「商標権がどうのこうの、と云いたいのか?」
 威治前宗家が溜息の後に、さも憎々し気に云うのでありました。それも当然さることながら、実はお前さん等二人如きに、常勝流、の名を軽々しく使用されるのは慎に以って心外ないのだと、本心としてはそう啖呵を切りたいところではありますが、これもグッと堪えて万太郎は眉一つも動かさぬように一生懸命努めるのでありました。
 しかしこう云うところを見ると威治前宗家は前に興堂範士が身罷って自分が跡目を継がんとする時に、総本部で鳥枝範士から因果を含められた事は、一応頭の隅には在ったと云う事でありましょうか。しかししかし、そうであるのに今次常勝流の名を自らの会派名に無神経にも平然とつけると云うのは、一体全体どう云う了見なのでありましょうや。
 ここで何の心算か、洞甲斐氏が急に不自然な咳払いをするのでありました。すると道場横手の襖が、建てつけ悪そうなガタピシ音を立てながら開くのでありました。
 中から現れたのは嫌に背の高い坊主頭の男でありました。男は片手にアルマイトの盆を抱えて、その上には湯気の殆ど上がらない茶碗が三つ載っているのでありました。
「ああ、折野先生に茶をお出しするのが遅くなって仕舞いました」
 洞甲斐氏の万太郎への愛想笑いつきの言に導かれて、男は無愛想に万太郎の横にしゃがんで、如何にも慣れない手つきで茶碗を万太郎の揃えた膝の前に置くのでありました。その無骨な挙措が終わらない内に、開け放たれた儘の襖の奥から別に三人の男が、万太郎に向かって挨拶を送るでもなく、面倒そうな足取りで登場するのでありました。
(続)
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