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お前の番だ! 524 [お前の番だ! 18 創作]

「失礼いたします」
 万太郎は横の洞甲斐氏に浅くお辞儀してから道場に上がると、真っ直ぐに最奥壁際の威治前宗家の下に歩を運ぶのでありました。その間に威治前宗家が投げ出していた足を胡坐に畳んで、床についていた両手を上げて大腿の上に無造作に置くのは、近づく万太郎に対する此の人なりの礼儀かと、無理に考えれば考えられなくもない仕草でありましたか。
 万太郎は威治前宗家の前に正坐するのでありました。敵愾心剥き出しのその目に無表情で応えながら、万太郎は威儀を正して律義らしく座礼を送るのでありました。
「ご無沙汰しております。常勝流総本部の折野です」
 そう落ち着いた声で云ってから万太郎は頭を起こすのでありました。目の前の威治前宗家には万太郎の礼式に応えるような形跡は何も認められないのでありました。
「お前が何の用事で、態々八王子まで遣って来たんだ?」
 威治前宗家は険を露わにした儘の目つきで訊ねるのでありました。
「今日は総士先生の云いつけでまいりました」
「だから俺に何の用だ?」
 威治前宗家は万太郎の口調が、如何にも間怠っこいと云ったような苛立ちを早口の声音に乗せるのでありました。こうなればここは単刀直入が良策のようであります。
「この道場入口に掲げられている看板の件です」
 万太郎は静かな物腰を変えないのでありました。「入る時に確認しましたところ、確かにそれには、常勝流新興堂会、と記してありました。それは、・・・」
「どうぞ折野先生、座布団をお当てください」
 万太郎が云い終らない内に洞甲斐氏が座布団を手に横にやって来て、万太郎の正坐した膝の横にそれを軽く当てて勧めるのでありました。
「ああ恐縮です」
 万太郎はズボンに床の埃がつくのを嫌って、遠慮せずその座布団を膝の下に敷くのでありました。しかしその座布団自体に埃がついていないと云う保証は何処にもないかと、敷いた後にちらと思うのでありましたがこれはもう後の祭りと云うものであります。
 洞甲斐氏は座布団を勧めた後、威治宗家の横に移動して胡坐に座るのでありました。洞甲斐氏の方は、威治前宗家程に敵意剥き出しと云う顔ではないのでありました。
「看板がどうした?」
 威治前宗家が苛々の口調を強めるのでありました。
「ひょっとしたら、常勝流、の文字に問題があるとおっしゃりたいのでしょうかね?」
 威治前宗家の横の洞甲斐氏が口を挟むのでありました。
「その通りです」
 万太郎は洞甲斐氏の方に視線を向けて頷くのでありました。「常勝流、と云う名称の使用には総士先生のご許可が必要です」
 万太郎は一応、大人し目な語調で云うのでありました。洞甲斐氏は多少は後ろ暗く気にしていたから、万太郎の用件を先回りして言挙げしたのでありましょう。
(続)
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