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お前の番だ! 519 [お前の番だ! 18 創作]

 万太郎が女心の機微にもう少し疎くなかったのなら、如何にも不自然に映るあゆみのこの動揺が多少は理解出来たでありましょうか。しかし是路総士依頼のこれから熟すべき役割の困難さが頭の中を殆ど占めている状態であってみれば、万太郎のこの迂闊さ、或いは朴念仁さ加減も、多少は理解の余地もありはすると云うものでありましょうかな。
「まあ、どう云う首尾になるかは判りませんが、やるだけやってみますよ」
 あゆみの懸念を表明する瞳の真摯さに比べれば、当の万太郎のこの言葉は如何にも呑気そうに聞こえるのでありました。まあ、他に万太郎には言葉がないのではありますが。
 その日の夜に、内弟子部屋に引き上げてから万太郎は来間に訊ねるのでありました。
「お前、洞甲斐先生のところに、プロレス上がりと相撲上がりのお弟子さんがいるなんて情報を、一体どこから仕入れてきたんだ?」
「ああ、興堂派時代からの門下生で今はウチに来ている宇津利さんから、随分前に聞いた話しですよ。何でも二人は兄弟だとかで、洞甲斐先生の親戚だそうです」
「ふうん。洞甲斐先生の親戚、ねえ」
「二人して相撲でもプロレスでもものにならなかったようで、かといって色々潰しの効く方じゃなさそうで、仕方なく洞甲斐先生のところに転がりこんでいると云う話しです。何時もぶすっとしていて粗暴そうで、態度が太々しくて、一体何を考えているのか判らないような顔をしていて、出来ればお近づきになりたくないタイプだと云う事です」
「宇津利がそう云っていたのか?」
「ええ。前の神保町の道分先生の道場に洞甲斐先生と一緒に何度か来たのを、偶々宇津利さんが一瞥したようです。感じが悪かったので、よく覚えているとの事でした」
「なんか胡散臭そうな二人だなあ」
「思いっきり胡散臭い臭気が立っていそうです」
 来間はそう云って顔を顰めて見せるのでありました。「でも、どうしてその二人の話しが今、折野先生から出てくるのですか?」
「あゆみさんから聞いたんだよ」
「ああ、前にあゆみ先生と洞甲斐先生の話しをしていた時に、自分がそんな事を紹介した覚えがあります。でも、今頃どうしてあゆみ先生とそんな話しをしたのですか?」
「いやな、洞甲斐先生と威治先生が連んで八王子で今度新しい会派を立ち上げたようなんだが、その会派の名前に問題があって、俺が名称変更の談判に行く事になったんだ」
「へえ、そうなんですか? それは今初めて聞きました」
 来間は少し瞠目するのでありました。
「鳥枝先生や寄敷先生に話すと話しが面倒になると云うので、総士先生から内々に俺がかけあってくるようにと指示を受けたんだ」
「ああそうだったんですか。今度はあの二人が連んだのですか。・・・」
「この件は、今も云った理由から鳥枝先生と寄敷先生には、これだぞ」
 万太郎はそう云いながら唇の前に人差し指を立ててみせるのでありました。
「押忍、了解しました」
(続)
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