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お前の番だ! 465 [お前の番だ! 16 創作]

 万太郎は早速その日の夜に予め聞いていた洞甲斐先生宅に電話を入れて、明日の面談を約すのでありました。洞甲斐先生は移籍の件が如何なったのか早く知りたいような口ぶりでありましたが、それは明日逢った上でと万太郎は勿体をつけるのでありました。
 万太郎が電話口ですぐに回答しないところやら、話しぶりが如何にも冷めた風であるところから大方を察してもよかろうと思うのでありましたが、洞甲斐先生は快活に、明日お逢いするのを楽しみにしていますと愛想良く云って電話を切るのでありました。だから万太郎としては、逢って口頭で移籍の願いを断るのが少し気重になるのでありました。
 洞甲斐先生は稽古終わりを見計らって、八王子の体育館まで万太郎を迎えに来るのでありました。二人は前と同じルートで京王八王子駅傍の同じ居酒屋に行くのでありました。
「早速ですが、総本部への移籍の件は如何なりましたでしょうか?」
 洞甲斐先生は万太郎が生ビールの一口目を飲み下すのを待って訊くのでありました。
「総士先生以下、総本部道場の主立つ者と協議いたしましたが、結論として今次は移籍を見あわせていただきたいと云う事に決しました」
 万太郎は別にご機嫌を取り持つ必要もなかろうからそう端的に応えるのでありました。
「ほう。そうですか。・・・」
 洞甲斐先生は口に運ぼうとしていたジョッキを胸の前で止めて、急に無愛想な顔つきになるのでありました。「それはまた、どう云った理由で?」
「洞甲斐先生の技法が常勝流の技法とはすっかり離れて仕舞っていると云うのが、第一の理由となります。それから興堂流に対する配慮、と云うのが次の理由です」
 先夜の是路総士やあゆみ、それに花司馬教士と交わした会話をその儘披露するのは礼儀上憚られるので、万太郎は尤もらしい理由を述べるのでありました。
「私とて、道分先生に厳しく常勝流を仕こまれた弟子の一人ですが?」
 洞甲斐先生はやや不本意と云った顔を万太郎に向けるのでありました。
「しかし常勝流には瞬間活殺法とか、気の遠隔操作で相手に触れずに倒す等と云う奇抜な技法は昔も今も存在しません。今の先生の武道の在りようは、全く先生独自の理によって成り立っているようで、常勝流の技法とはずいぶん遠いところにいらっしゃいます」
「しかしそれは結局常勝流を修行した上で到達したものですから、強ち外れているとも云えないと自分では考えておるのですがなあ」
 洞甲斐先生は余裕を見せるためか、そう云って笑って見せるのでありました。
「常勝流の理をどこまで敷衍しても、先生の為されている様な様態にはなりません」
 興堂範士に厳しく常勝流を仕込まれた、等と抜け々々と宣う洞甲斐先生に、万太郎は内心大いに呆れるのでありました。畢竟このお方も、興堂範士の盛名にぶら下がって、それを頼みの綱として自己主張を展開する類の武道人だと云えるでありましょうか。
「君のようにお若い方が、常勝流をそこまでお判りになっているのかな?」
 洞甲斐先生は今までの万太郎への丁寧な口調をここであっさり変えるのでありました。
「少し演繹する能力があればそのくらいは誰にだって判ります。当の道分先生にしても、洞甲斐先生のような技法には結局収束されませんでしたし」
(続)
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