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お前の番だ! 328 [お前の番だ! 11 創作]

 あゆみはコーヒーを一口飲むのでありました。「あたしが継がなくても、色んな方面の人達に大方納得して貰えるような、もっと良い決着があると思うの」
「古武道としての一子相伝と云う技術の伝承の問題、それから家元制度上の血統の継承の問題を考えてみれば、矢張りあゆみさんが宗家に落ち着くのが、それこそいろんな方面の人達が大方納得出来る最終的な結論のような気が、僕なんかはしますがねえ」
「でも、古武道の文化の上からは、あたしが女である事が決定的に、大方の納得しないところって事になるんじゃないかしら」
「しかし女性が武道の宗家となった事例が、ない事もないでしょう」
「でも結局、殆どは流派全体があんまり上手く纏まらなくなって仕舞ったんじゃないの」
 要するに、あゆみはあくまでも自分が宗家になる事を回避したいようでありました。
「鳥枝先生なんかはもうすっかり、あゆみさんが総士先生の後を継ぐものと、決めてかかっている節があるように見受けられますが」
「でも、お父さんはあたしの考えに、屹度同調してくれると思うんだけどなあ」
 あゆみはそう云ってチーズケーキを頬張るのでありました。
「まあこれは緊急の問題ではないので、その内により良い結論が導かれるでしょう」
 万太郎は口の端についた自分の食しているショートケーキのクリームを、親指で拭いながら云うのでありました。「それからもう一つ、お伺いしたい事があるのですが、・・・」
「何? この際何でも訊いて良いわよ。何でも応えちゃうから」
 あゆみは万太郎の次の質問を待ち受けるように、フォークを置いて身を乗り出して万太郎の方を一直線に見るのでありました。そう云う風に構えられると、万太郎としてはこれから訊かんとする質問を口の外に出すのに、妙に及び腰になって仕舞うのでありました。
「いやあ、これは道分先生が帰った後の話しの中で、ちょろっと僕が引っかかった部分なんですが、まあ、引っかかったのは僕だけかも知れませんが」
「だから何?」
「ええと、つまりそのう、・・・あゆみさんは、今現在、意中の人とか居るのですか?」
 万太郎はそう訊いた後、あゆみの自分を見る視線にたじろぐのでありました。あゆみは表情を少しも変えずに万太郎をしっかり見ているのでありました。
「万ちゃんの引っかかった部分、と云うのは、その事?」
「ええまあ、ちょろっと、ですが。・・・」
 万太郎はそう云いながら右手の人差し指と親指で二センチほどの間隙を作って、あゆみの顔の前に、ちょろっと、の程度を示して見せるのでありました。
「意中の人、ねえ」
 あゆみはそう云って背凭れにゆっくりと上体を沈めるのでありました。
「鳥枝先生の質問にも寄敷先生の質問にも、あゆみさんは曖昧に笑って思わせぶりな無言を貫かれましたので、少々気になったと云うわけです」
 万太郎は親指と人差し指の間の隙間で、またその少々の具合を殊更示すのでありました。
「意中の人が居るってあたしがここで云ったら、万ちゃんはどうする?」
(続)
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