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お前の番だ! 329 [お前の番だ! 11 創作]

 あゆみはそう云って意味あり気に笑うのでありました。
「いや、どうすると云われても、どうも仕様がありませんが。・・・」
 万太郎はそう受け応えてどぎまぎと顔を伏せるのでありました。
「居るかと訊かれれば、居る、と云う返事になるわね」
「ああそうですか」
 万太郎は顔をゆっくり上げるのでありました。そのあゆみの応えを聞いて、何故か心臓の辺りがざわざわと騒ぎ痛むような感覚を覚えるのでありました。
「結構、素敵な人よ、その人は」
 あゆみはまたもや意味あり気な笑いを頬に刻むのでありました。
「その人は、僕も知っている人でしょうか?」
「勿論、万ちゃんも知っているわよ」
 万太郎にはしかし矢張り、全く見当がつかないのでありました。あゆみの言葉に、勿論、と云う副詞がついているからには、万太郎が良く知っている男なのでありましょうが、まあ、少なくとも散歩中に偶々道ですれ違った男と云うのではないようでありますか。
「そう云われても、僕には特に思い当りませんねえ」
「ああそう。それは、・・・残念ねえ」
 あゆみは少しがっかりしたような調子で云うのでありました。万太郎は心当たりのありそうな男の顔をあれこれ手あたり次第に思い浮かべるのに忙しくて、何故あゆみががっかりしたような調子で、残念、と云うのかを冷静に考えてみる暇もないのでありました。
 要するにそう云う男が一方に居るものだから、あゆみは宗家を継ぐ事に難色を示していると云うわけでありましょう。あゆみが宗家を継げばその男を諦めなければならないし、その男を取るなら宗家になる事が障りとなると云う事なのかも知れません。
「その人が居るから、あゆみさんは宗家を継ぐのを躊躇っているわけですか?」
 万太郎はその辺の事情を探ろうとしてあゆみにそう問うのでありました。そこがはっきりすれば、少しは候補の男を絞りこめそうな気がするからであります。
「そうね。・・・でも、ひょっとしたら、そうでもないのかも知れないわ」
 何と云う曖昧な回答でありましょうか。宗家を継ぐ事に障りとなる男のような、特段の不都合がないようなそんな男を絞りこむのは、これは返って難事と云うものであります。
「常勝流の門人、或いはもっと広く、武道界に身を置いている人でしょうかね?」
「そうね。武道をやっている人よ」
 これで少しは限定が出来たわけでありますが、しかし未だ燈火の消えた内弟子控え室で自分の黒帯を探すような按配であります。もう少しその男の面貌が明らかになるような問いかけはないものかと、万太郎はあゆみの意味あり気な笑い顔を茫洋と両眼に捉えて、腕組みして頭の中で質問とするべき言葉の色んな組みあわせを考えているのでありました。
 端的に、それは誰かと名前を尋ねれば話しは早いでありましょうが、何となくそう云う直截な質問は憚られるような気がするのでありました。第一、露わな聞き方は如何にも無粋で、拒絶反応を引き起こしたりするとあゆみは口を堅くするでありましょうし。
(続)
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