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お前の番だ! 321 [お前の番だ! 11 創作]

 興堂範士はそう云ってから頭を掻くのでありました。「ワシは皆も知っての通り、せっかちでその上迂闊で単純な性分でしてな、一旦親馬鹿が頭を擡げてくると他の事をすっかり失念して仕舞うのですわい。後先を考える事なんぞは昔から大の苦手でしてのう。だから後で家に帰って冷静に考えてみると、ワシの唐突な申し出が要らぬ心配やら疑いやらを引き出して仕舞うのじゃなかろうかと恐れましてな、もう冷や汗がじわっと出ましたわい」
 そう云うものの、しかし興堂範士ともあろう人が、その辺りに思いを致さぬ筈がないではないかと万太郎は推量するのでありました。興堂範士は、多少せっかちな点は当て嵌まるとしても、全く以って迂闊でも単純でもないし、先の事にしても、鋭い独特の勘も働かせて事態の推移の幾手も先まで読み通す事の出来る人なのであります。
 依って興堂範士の実の狙いが奈辺にあったのかは、今のその言葉を聞いただけでは未だ明快には判らないと云うものでありましょう。興堂範士はなかなかの狸でありますし。
「ワシとしては、お騒がせいたしましたと、早々にあっさり頭を下げるのが、要らぬ心配をおかけせずに、しかも無難な帰結を得る最上の策と思いましてな」
「今日の急遽のご来意は、確と判りました」
 是路総士が穏やかに云うのでありました。
「あにさんにはワシの軽率をくれぐれもお詫びしますわい」
「いやいや。事態が動く前に早速にこうしてお出ましいただいたのですから、あの申し出をなかった事とするのは何でもないと云うものですよ」
「あゆみちゃんにも要らぬ気煩いをさせて仕舞って、慎に申しわけない」
 興堂範士は先程と同じ事を繰り返し云って、再度あゆみに頭を下げるのでありました。
「いえ、そんな。・・・」
 矢張りあゆみも前と同じ言葉と仕草で返すしかないのでありました。
「威治にはあの日帰ってからすぐに、あゆみちゃんにはお前と結婚しようと云う意志は小指の爪の先ほどもないと見受けたから、綺麗さっぱり諦めろと因果を含めましたわい」
「それで威治君はどうしていましたか?」
 是路総士が静かな口調で訊くのでありました。
「始めは何だかんだとぶつぶつ云うておりましたがなあ、しかしまあ、最終的には受け入れたようですわい。ですから向後はあゆみちゃんも、何の心配もせんでも良いし、威治に対しても、まあ、これは無神経で虫の良いお願いになるかも知れんが、出来れば蟠りなく今まで通りにつきあってくれれば、ワシとしてはこんな有難い事はない」
 それは全く無理であろうし、あまりに虫の良い願いであろう万太郎は腹の中で思うのでありました。現にあゆみも返答せずに陰鬱気な顔を隠すため俯くのみでありましたし。
「鳥枝君や寄敷君にもあれこれ余計な煩いをかけたろうからワシは謝る。この通りじゃ」
 興堂範士は二人の方に深々と頭を下げるのでありました。「ワシとしては単なる親馬鹿から仕出かした事で、他意は本当に何もないのじゃ。ワシとしても痛くもない腹を探られるとすればこれは慎に不本意じゃから、二人にもここではっきり申し開きしておきたい」
 鳥枝範士と寄敷範士は困惑の表情を浮かべるのみでありました。
(続)
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