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お前の番だ! 322 [お前の番だ! 11 創作]

「道分さんの本意は判りました。早々に、事が動く前にこうして態々ご足労いただいた誠意も充分伝わりましたよ。ですからどうぞ、それ以上お気に病まれませんように」
 是路総士が一切を完全に飲みこんだと云う頷きを興堂範士に送るのでありました。
「いやもう、それは有難いあにさんのお言葉ですわい。そのご度量に報いるためにも、今までにも増して、こちらへの出張指導には力を入れさせて貰いますわい」
「よろしくお願いします」
 是路総士はそう云って静かに頭を下げるのでありました。興堂範士はその是路総士の低頭に、より深いお辞儀を以って応えるのでありました。
 事がこう素早く収まった以上、鳥枝範士も寄敷範士も、勿論万太郎もそれ以上何やかやと、もの云うべき言葉はもうないと云うものであります。あゆみにしても、未だすっきりと気持ちの整理はつかないとしても、自分の意思が興堂範士に受け入れられたと云う事になるのでありますから、つべこべ文句の重ねようがないと云うものでありましょう。
 興堂範士直々の申し出の撤回でありますから、その重さは重々認識出来るのでありますが、はたしてそれで威治教士が本心から納得しているのかどうかは、不明と云えば不明なのでありました。一旦こう収まってはみたものの、それでも何やら良からぬ魂胆を未だ秘め持って、今後胡乱な動きをしないかどうかと万太郎は懸念するのでありました。
 云ってみれば、虚栄心の人よりもかなり旺盛なるあの威治教士の事でありますから、了見違いからあゆみを逆恨みして、何かしらの陰険な意趣返しを企むかもしれません。そうなったら自分があゆみを守るしかなかろうと、万太郎は秘かに臍を固めるのでありました。
「さて、折角のお出でですから一杯やっていかれませんかな?」
 是路総士が興堂範士に提案するのでありました。
「いやいや、今日はこれで失礼いたしますわい。手土産の一つも持たず急ぎお邪魔したのも非礼なら、その上にお酒までご馳走になっては非礼に非礼を重ねる事になりますわい」
 興堂範士はせわしなく是路総士に掌を横にふって見せるのでありました。「また改めて、今度は威治も連れて正式にお詫びにお邪魔しますわい」
 興堂範士が、威治も連れて、と云った言葉に反応して、あゆみがほんの僅かにたじろぎを見せたのを万太郎は見逃さないのでありました。まあ、あゆみとしては決まり悪さもあって、当分威治教士の顔は見たくはないと云うのが偽らない心持ちでありましょうから。
「いやもうそんなお気遣いは、向後一切必要ありませんよ」
 是路総士が興堂範士の真似をするように掌を何度か横に動かすのでありました。
「それに明日からワシはハワイに行くのです」
「明日からハワイ、ですか?」
「はいな。横須賀のアメリカ海軍基地で愛好会の責任者をしていた者が、今ハワイの方におりましてな、そこに指導に来いと呼ばれとるのですわい」
「ああそう云えば、そんなお話しを、前に確か伺っておりましたかなあ」
「飛行機は夜の便ですから、明日はそんなにバタバタとはしないのですがな、まあそれでも今回はワシ一人での旅行となりますので色々支度もあるのですわい」
(続)
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