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お前の番だ! 264 [お前の番だ! 9 創作]

「食堂と居間の襖を取り払って卓を並べれば、それくらいの人数は座れるだろう。道場の休みの日と云うのに折角来てくれたのだから、一同打ち揃って昼食としよう」
「押忍。ではそのように支度いたします」
 万太郎はそう云って廊下に畏まっている来間を見るのでありました。ここは流石に来間も心得たと云う表情で万太郎の視線を受け止めるのでありました。
「押忍。すぐに支度を調えてから、またもう一度参ります」
 来間は座礼して去るのでありました。
「僕も向うを手伝ってきます」
 万太郎は是路総士にお辞儀して、その後で鳥枝範士と寄敷範士にも夫々座礼してから来間の後を追うのでありました。先生方三人の中に座っているよりは、食堂の方で朋輩達と仕事をしている方が万太郎としては場違の感もなく、また気楽だと云うところであります。
「総て大岸先生が調えられたのですか?」
 居間と食堂を一つに繋げて座卓を三つ並べた空間に一堂が座ってから、是路総士が横に座った大岸先生に訊くのでありました。
「家から持ってきた物もありますが、こちらで調えさせて貰った物もあります。これだけ人手があると何でも捗りますねえ。皆さん買い物でも何でもきびきびと動いてくれるから助かりますよ。書道の方のお弟子さん連中とは全く毛色が違います」
「書道の門下生さん達はさすがに家向きの仕事に扱き使うわけにもいかないでしょうが、ここに居る内弟子共は、そう云った仕事を嬉々として熟します。なあ、来間」
 鳥枝範士が食堂の方の座卓隅について、準内弟子の山田と一緒にビールの栓を抜いている来間に笑いながら声をかけるのでありました。来間は栓を抜き終えたビール瓶を卓上に並べながら、栓抜きで忙しいためか何となく上の空で「押忍」と返事するのでありました。
 嬉々として熟すかどうかはこの際別にして、大岸先生も内弟子を取れば、その内弟子はこう云った家向きの仕事もしなければならないでありましょう。まあ、書道で内弟子と云う師事の形態が馴染むかどうかは別の話しであるけど、と万太郎は思うのでありました。
「では、杯もいき渡ったところで、・・・」
 是路総士が威儀を正すのでありました。「今日は忙しい中、こうして来てくれて大変嬉しく思います。これまで私の入院で皆さんにも色々苦労をがけました。私が病院に居る間、立派に道場を守ってくれた事も併せて感謝します。皆さん、有難う」
 是路総士は手にしたビールグラスを掲げて頭を前に倒すのでありました。
「総士先生、退院おめでとうございます」
 鳥枝範士がそう受け応えて、同じようにグラスを額の高さまで上げて頭を垂れるのでありました。その後には全員の、おめでとうございます、の唱和が部屋に響くのでありましたが、大岸先生とあゆみの女声が混じってこの唱和に華やぎを添えるのでありました。
 昼食とは云うものの、卓上は豪勢な料理で埋め尽くされているのでありました。来間や準内弟子達はその料理をゆっくり味わう暇もなく、燗の出来た日本酒の徳利を運んできたり、空いた皿を下げたりと忙しく立ち働くのは道場の宴席での何時もの光景でありました。
(続)
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