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お前の番だ! 212 [お前の番だ! 8 創作]

 新木奈としてはあゆみが道場の跡取りをする気であれば、殆ど自分の出る幕はないと思わざるを得なかったでありましょう。しかし若しもそうでないのなら未だ充分に、あゆみの将来の相手として自分が挙手出来る可能性は残されていると踏めるわけであります。
 新木奈がどういう風にあゆみにイカれて仕舞ったのかは、万太郎には確とは判らないのでありました。恐らくはあゆみの美貌に先ずは魅かれたのでありましょう。
 その上で、あゆみは諸事に渡って聡明であり、挙措は須らくしとやかで、それに学歴もなかなか立派な女子大を出ているし、また古武道の総帥の一人娘だと云う、どこか浮世離れした出自なんかも新木奈には大いに魅力的だったのでありましょう。自分は他人とは一味違うし、また大いに秀でているんだぞと云うところを周囲にアピールしたくて仕方のない新木奈としては、あゆみの心を自分が魅かれた以上に獲る事が出来たならば、その彼の見栄を充分に満足させ得ると思考したろうとは、何となく推測可能と云うものであります。
 あゆみが道場の跡取りをしないとなれば、あゆみにはいろいろな将来の選択肢があると云う事であります。依って、人に優れた自分を将来の相棒として選択する余地も、充分にあると云うものでありますから、あゆみが常勝流武道の跡目を継ぐつもりかそうでないかは、新木奈としたら先ず何よりも優先の確認事項であったと云う事でありましょうか。
 その稽古後の一時のあゆみとの会話で、そこが確認出来たと云うのは新木奈にとって取り敢えずの収穫だったでありましょう。新木奈の心に薄日が差したのであります。
 後は人に優れた自分の魅力で、あゆみの心を蕩かせば良いのであります。多少周辺の患難があろうとも、あゆみの心を獲ってさえいればそんなものは屁の河童であります。
 まあ自分の勝手極まる新木奈の心の内に対する想像ではありますが、あながちそんなに間違ってもいないであろうと万太郎は思うのでありました。しかしそれにしても、自分ごときにこんなに平明にその心の内への諒解を許す新木奈と云う男は、存外本人が信じているよりは余程隙の多い男なのかも知れないとも万太郎は思うのでありました。
「新木奈さんはこの書道展に三回もいらっしゃいましたよねえ。あゆみさんの作品にいたく感動したと云う触れこみで」
 万太郎はコーヒーカップを受け皿に戻して云うのでありました。
「そうね。まあ、有難い事だと思うわ」
 あゆみの方は万太郎とは逆にコーヒーカップを持ち上げるのでありました。
「それに興堂派の若先生も初日にいらっしゃいました」
「威治さんが来たのは意外だったけどね。威治さんも、昼食なんか奢って貰ったから云うわけじゃないけど、こちらもあたし有難いと思うけど」
 あゆみは物足りないくらい無難な受け応えをするのでありました。
「さてそこであゆみさんにお聞きするのですが、新木奈さんと興堂派の若先生と、どちらの方がより強く印象に残りましたか?」
「お二人とも、有難いって思ったわ。繰り返すけど」
 あゆみは無表情に曖昧な云い方をするのでありました。無表情ではあるものの、そのような質問をする万太郎の意図が今一つ読めないと云う困惑が見て取れるのでありました。
(続)
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