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お前の番だ! 211 [お前の番だ! 8 創作]

「そうだけど」
 あゆみは特段その棘には拘らない淡泊な云い方で返すのでありました。
「で、あゆみさんはその新木奈さんの誘いに、どう返事したのですか?」
「ま、その内に機会があれば、とか云っといたわ」
 これはやんわりした断りの言でありましょうか。それを聞いて、万太郎は何とはなしに安堵なんぞを覚えるのでありました。
「調布駅なら、道場からも近いじゃないですか?」
 万太郎はその秘かな安堵をあゆみに気取られないようにするため、なのかどうか自分でも良く判らないのでありましたが、折角のお誘いなんだから一緒に行けば良いのにとまるで勧めているかのような事を、内心とは裏腹に口にしているのでありました。
「そうだけど、でも、そんな時間もないし」
「ま、それもそうか」
 万太郎は二回頷いてコーヒーを一口飲むのでありました。
「それから、将来あたしが道場を継ぐのか、なんてそんな事も訊かれたわその時」
「ああそうですか。それであゆみさんは何と応えたのですか?」
 しかしどうして新木奈がそんな事を訊くのか、万太郎には不明でありました。
「未だ判らないって」
 万太郎はその頃は、当然あゆみが道場を継ぐものと自然に且つ勝手に考えていたから、新木奈と云う一般門下生に対して態々道場の将来に関する事項を明示する必要もないので、あゆみは曖昧の内に真意を濁した返答をしたものとしごく単純に考えるのでありました。一子相伝の道統を有する常勝流武道の跡目は、是路総士の一人娘たるあゆみが継ぐのは生一本に当然中の当然であるのは全く疑いの余地のない話しでありますから。
「それで新木奈さんは、そのあゆみさんの返答にどう返したのですか?」
 あゆみが、所与の事実として常勝流の跡目を継ぐべき自分の立場を、一種の配慮から曖昧にしたのであろう事に対して、察しの良い新木奈の事でありますから、それをすぐに推し量って、その件にはもうそれ以上踏みこまないようにしたのであろうと万太郎は推量するのでありました。そう云う言葉の顔色にも通じているところをあゆみにしっかり披露しておくことは、新木奈にとっても戦略上大いに利のあるところでもありましょうから。
「じゃあ、継がない場合もあるのですね、なんて逼られたわ」
 おやおや、新木奈ともあろう者が、そんな鈍感な態度に出たかと万太郎は意外に思うのでありました。しかし考えてみればあゆみが道場を継ぐか継がないかと云う問いは、新木奈にとっては結構重大な確認事項であったのかも知れません。
「で、あゆみさんはその後どう受け応えたのですか?」
「未だ全く白紙です、なんてあたしはどうしたものか何となくおどおどしながら応えたの。あたしとしてはあんまり気が進まないのだけれど、とかも云ったかな」
 あゆみはその時にしたであろう困惑顔を万太郎にもして見せるのでありました。万太郎はそのあゆみの表情を見ながら、ははあ成程と推量するのでありました。
(続)
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