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お前の番だ! 149 [お前の番だ! 5 創作]

「そりゃまあ、恐れ入りますわい」
 興堂範士はあゆみの言に呵々と大笑するのでありました。「ま、何れにしても弟に対する軽からぬ思いの姉さんを持って、折野君も実に嬉しかろう」
 興堂範士が万太郎に向って云うのでありました。
「押忍、恐れ入ります」
 まあ、万太郎にしたら、こう返す以外に適当な返答の言が見つからないのは、仕方がないと云えば仕方がないと云うものでありましょうか。
「では、お先に道場に行っております」
 あゆみがもう一度興堂範士に丁寧にお辞儀するのでありました。それに同調するように万太郎も座敷に向かって座礼するのでありました。
「あゆみ先生、着替えのために内弟子部屋を空けましょうか?」
 廊下を歩きながら先導する花司馬筆頭教士が後ろをふり返って訊くのでありました。
「いえ、そんな気遣いは無用です。門下生方の女子更衣室の方で着替えますから。それに着替えが済んだら勝手に道場の方に参りますので、花司馬先生は先に道場にいらしていてください。折野も着替え終わったらあたしを待っていなくていいからね」
「押忍。ではそういたします」
 万太郎はすぐ前を歩くあゆみに、同歩調で歩きながら一礼するのでありました。
「では不作法ながら先に道場へ行っております」
 更衣室の方へ曲がる処で花司馬筆頭教士はあゆみに格式張った一礼をすると、道場へ向かう方に廊下を歩み去るのでありました。
「じゃ、後で」
 隣りあった男女の更衣室前で歩を止めて、あゆみは万太郎にそう云い置いてから女子更衣室のドアの向こうに姿を消すのでありました。万太郎は一応弟分の礼儀から、あゆみがドアを閉めるまで廊下で頭を下げているのでありました。

 土曜日の専門稽古のために道場に入った万太郎に、万太郎と良平の黒帯取得のお祝いと云う名目で、暫く前に一緒に居酒屋で酒を酌み交わした来間注連男が、すかさず近寄って来て律義らしく頭を下げるのでありました。その日は是路総士が良平を連れて出張指導に出ているので、寄敷範士が中心指導をする事になっているのでありました。
「折野さん、今日の稽古では相手をしていただいてもよろしいでしょうか?」
 来間はその月の初めから専門稽古に出席するようになったのでありました。一般門下生稽古よりはもう少し真摯な稽古を希求しての事のようでありました。
「判った。じゃあ一緒に稽古をしよう」
 万太郎の即答に来間は嬉しそうな笑顔を以って謝意に代えるのでありました。来間は一般門下生ではなく、内弟子や準内弟子ではないにしろ専門稽古生となったのでありましたから、万太郎はもう彼に対して丁寧な言葉遣いはしないのでありました。
「よろしくお願いします」
(続)
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