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お前の番だ! 150 [お前の番だ! 5 創作]

 来間はきびきびとした動作で万太郎にお辞儀をして傍から去るのでありました。専門稽古生になった途端、来間の挙措が素早く活き々々としたしたものになるのでありましたが、これは稽古に対する一層の彼の意気ごみを表していると云うものでありましょう。
 廊下を歩み寄る足音が聞こえると、万太郎は片膝をついて頃合いのタイミングで道場の出入口の引き戸を中から開けるのでありました。そこから先ず寄敷範士、その後に続いてあゆみが静々と道場に足を踏み入れるのでありました。
 仕来たり通りに神前への礼、それから一同との礼が済むと寄敷範士は立ち上がって万太郎に目配せをするのでありました。万太郎はその目配せを受けて道場中に響き渡る声で一同に号令をかけるのでありましたが、号令係は内弟子の仕事なのでありました。
「稽古隊形に!」
 皆を居竦ませる程の大音声の号令に、一同が「押忍」と矢張り大音声で呼応して畳を手で打ちながら立ち上がり、速やかな動作で道場一杯に見所の方に向いて広がり整列するのでありました。専門稽古では先ず全員で単独の基本動作を行うのが倣いでありました。
「右半身に構え!」
 万太郎の号令で全員一斉に右足を一歩前に出して撞木立ちして、体は開かず正面を向き、右手を正中線上に出して左手を腰に添える常勝流の右構えの姿勢をとるのでありました。これは剣術で云えば正眼の構えを体術に表わしたものであります。
 構えた儘の門下生の間を寄敷範士とあゆみが巡回して、重心の置き方やら右手の高さ、それに足幅の狭い広い等の個々の門下生の構えの不備を修正するのでありました。二人が一通り巡り終えた頃あいで万太郎がまた号令をかけるのでありました。
「構えなおれ!」
 全員が一斉に足裏で畳を摺る音をたてながら気をつけの姿勢に戻るのでありました。
「左半身に構え!」
 暫くの間を置いて、それから今度は左構えの号令でありますが、これは足や手を右半身とは左右対称に構えるものであります。摺り足の音が止むと、また寄敷範士とあゆみが門下生の間を回って全員の姿勢補正をするのでありました。
「構えなおれ! 再び、右半身に構え!」
 全員の姿勢補正が終了するとまた右半身に構え直すのであります。万太郎は全員の意気がその体の中で漲るタイミングを待って、次の号令をかけるのでありました。
「正面打ちこみ三十本、各個に始め!」
 全員が上段に右手をふり被り「エイ!」の発声と同時に右足から継足に一足大きく踏み出して、頭上にふり被った手刀で前に居ると仮想した相手の正面を打ちこむのでありました。これは各個に行うので、夫々が発する気合が道場中に乱れ満ちるのでありました。
 その蛮声の乱舞の内を寄敷範士とあゆみがまた巡回して、右足の踏み出し方や後ろ足の追い足のタイミング、動作時や動作後の腰の安定、それに手刀への力の乗せ方等を指導して回るのであります。構えも打ちこみも、基本動作は勿論万太郎も皆と一緒に行うのでありましたし、内弟子には他の門下生よりはもっと厳格な指導が入るのでありました。
(続)
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