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お前の番だ! 122 [お前の番だ! 5 創作]

 万太郎と同じで良平も興堂範士の、予兆の微動もなく繰り出される早い上段突きを持て余すのでありました。万太郎はギリギリでかろうじて避けたのでありましたが、良平はその打撃を少し鼻先に食らって仕舞うのでありました。
「面能美君も未だ自分の目を頼っているのう」
 鼻先を擦る良平に興堂範士は笑いかけるのでありました。「こちらの動きを読もうとして目を凝らすと、動きが硬くなるじゃろう?」
「押忍。それに何とか避けようとして上体が波打って仕舞います」
 良平は鼻を啜るのでありました。
「そうそう。上体が揺れると軸を失うから、相手の脇腹に返す拳にも力が入らんわい」
「ああそう云えば、直撃を避けるのが精一杯で、突き返す動作すらも出来ませんでした」
 良平の言葉に興堂範士は頷くのでありました。
「まあしかし両君はワシの突きを何とかあしらったのじゃから、たいしたもんじゃよ」
「折野は避けましたが、自分は食らいました」
 良平がまた鼻先に手を遣るのでありました。
「いやいや、鼻を掠った程度だから充分避け得たと云うべきじゃよ。ワシの正面上段突きを面能美君みたいに避けられるのは、ウチの門弟の中にもそうはいないからのう」
 興堂範士が良平を持ち上げるのでありました。「二人共その意気で稽古に励まれよ」
 興堂範士はそう云い残して万太郎と良平の傍を離れるのでありました。
「道分先生は自分の門弟じゃなくて、総本部道場の内弟子である俺達に遠慮して手加減をしてくれたから、俺達は何とか先生の上段正面突きの直撃から免れたんじゃなかろうか」
 これは稽古後に良平が万太郎に云った言葉でありました。まあ確かにそう云う面もあるかも知れないと万太郎は思うのでありました。
 是路総士の弟子の面目を潰すのは、引いては是路総士の面目も潰す事になると憚ったと云うのは、興堂範士の気遣いとして充分あり得るでありましょう。飄々として磊落に見える興堂範士は、実はその場に応じた細かい気遣いをする人でもあるのであります。
「ほれほれ、人の稽古に見惚れていないで、自分達の稽古に専念しなされよ」
 興堂範士は、興堂範士の突きを捌く万太郎と良平に集まっていた門下生達の息を殺した視線を蹴散らすように、そんな大声を道場中に響かせるのでありました。その声に促されて、また道場に気合の発声が乱れ飛び交い始めるのでありました。

 新木奈が主宰する土曜日の万太郎と良平の黒帯取得の祝賀会は、仙川駅近くの居酒屋で開かれるのでありました。万太郎と良平、それに新木奈の他に、日頃道場で一緒に稽古をしている男ばかり五名の一般門下生の出席があるのでありました。
 新木奈はあゆみが来ないのが残念至極であったに違いないのであります。しかし自尊心と日頃から大人風を装っている手前、そんな気配は露とも見せないのでありました。
「さあ今日は二人のお祝いの宴だから、二人共大いに飲んでくれよ」
 新木奈が乾杯に先立ち万太郎と良平にそう話しかけるのでありました。
(続)
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