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お前の番だ! 121 [お前の番だ! 5 創作]

 万太郎が良平と交互に仕手と受けの動きを反復していると、興堂範士が傍に来てそれを暫く見ているのでありました。興堂範士に間近でじっと見られていると、些か緊張して万太郎も良平も何となく動きが硬くなるのでありました。
「どれ折野君、ワシが一本受けを取ってあげよう」
 興堂範士はそう云うと万太郎と一間の間合いで対峙するのでありました。
「押忍、お願いします」
 万太郎は即応の動作に支障がないように出来るだけ手足の力を抜いて、左撞木に足を取って興堂範士の上段正面突きに備えるのでありました。剣術の、相打ち返し、と同じでこれも後の先を狙うのでありますが、相手の動きの起こりを捉えて仕かけると云うよりは、正拳突きが当たる寸前で仕手はぎりぎりそれを躱すのでありますから、剣の場合よりは余程体の緊張を除去して俊敏に反応出来るよう備えておく必要があるのであります。
 頃あいで興堂範士は右足を歩み足に大きく踏み出して、正拳を万太郎の顔面に向かって一直線に突きを繰り出すのでありました。そのブレのない軌跡は、正面から見ると顔面に伸びてくるその距離感が上手く捉えられないのでありました。
 万太郎は瞬間、目測を放擲して勘に任せて体を開くしかないのでありましたが、興堂範士の拳が鼻の一寸先を掠め過ぎて、直後に拳が空気を切り裂いた風圧の余波が万太郎の眼球に当たって、彼の目を細めさずにはおかないのでありました。万太郎は体を躱すだけで精一杯で、興堂範士の脇腹に自分の左拳を突き出す余裕等全くないのでありました。
 約束稽古でなかったら、興堂範士の拳は万太郎の鼻頭を確実に粉砕していたでありましょう。何時もながらの、圧倒的に早く鋭い興堂範士の突きでありました。
「脇腹への突きが来なかったなあ」
 興堂範士が万太郎に笑いかけるのでありました。
「押忍。道分先生の突きを避けるだけで精一杯でした」
「いやしかし、体を躱すタイミングは絶妙だったかのう」
「もう目では測り難かったので、一か八かの勘に頼って仕舞いました」
「結構々々。それで良いわい。最近は、動体視力、なんぞと云ってその能力を持て囃す風潮が武道界に限らずあるがな、そんなものは実はものの用には立たん。見て、測って、それから体を躱すなんと云う了見じゃ、どんなに目が良くても遅過ぎるわい」
 興堂範士は高笑うのでありました。「あれこれ新味を狙って云う世間の流行に惑わされてはいかんよ。目は、あっさりと、茫洋と、出来るだけ相手の全体を、捉えるともなく捉えておくだけの方が良い。相手との関係を目に頼って判断しようとしてはいかんよ」
「押忍。ご教誨を胸に仕舞っておきます」
 万太郎は深くお辞儀するのでありました。
「ほんじゃあ、次は面能美君」
 興堂範士は良平の方を見るのでありましたが、万太郎がふと気がつくと、道場中の視線が興堂範士と総本部内弟子の万太郎と良平に集まっているのでありました。見所の是路総士もこちらを注目しているのでありました。
(続)
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