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お前の番だ! 85 [お前の番だ! 3 創作]

 居間の是路総士が万太郎に云うのでありました。「礼をするなら立礼で構わん」
「押忍。失礼しました」
 万太郎は正坐しようと途中まで折り曲げていた膝を伸ばして、立った儘で是路総士にお辞儀するのでありました。膝を伸ばす時に太腿の前の筋肉が、不甲斐なさ気に力を出していると云った按配でありました。
 心得たもので良平は万太郎の後から是路総士に立礼をするのでありました。
「適当に座って」
 流し台の傍に立っているあゆみが、食卓テーブルへの着席を万太郎と良平に促すのでありました。二人はあゆみにも一礼して並んで腰を下ろすのでありました。
 あゆみは稽古着から普段着に着替えてエプロンをしているのでありました。稽古着の儘ここへやって来て良かったのかしらと万太郎は考えるのでありましたが、是路総士も良平も稽古着の儘であるし、あゆみも別に万太郎の風体に何も文句をつけないのでありますから、仕来たりとしては恐らく問題はないのでありましょう。
 あゆみは先に是路総士に出す飯をお櫃から碗に盛ると、それを居間に座っている是路総士に届けるのでありました。
「ご飯は各自で装ってね」
 あゆみは居間に向かう端にそう二人に云うのでありました。
「押忍。いただきます」
 良平が自分の碗を持ってあゆみが去ったお櫃の処に行くのでありました。後ろから万太郎も同じく碗を持って立つのでありましたが、どうした了見か良平が万太郎の碗を受け取って、代わりに手際良く飯を装ってくれるのでありました。
 何とまあ、優しい兄弟子ではありませんか。その様子を見ながら居間から出て来たあゆみが口に掌を添えてクスッと笑うのでありました。
「良君は弟分が出来て余程嬉しいのね」
 良君、・・・で、ありますか。道場とは打って変わって随分と柔らかな物腰であります。
「はいもう、手下が出来れば少しは楽になりますのでね。これからたっぷりと扱き使ってやりますから、今日のところは出血大サービスと云うところですよ」
「今までお前一人をたっぷりと扱き使ってきて、悪かったなあ」
 居間から是路総士が笑いながら冗談めかして云うのでありました。
「ああいや、とんでもありません。思う存分扱き使っていただいて有難いくらいです」
 良平の妙な云い草にあゆみがまた掌を口に添えて吹くのでありました。どうやら母屋での食事の時にはある程度は緩んだ態度も許されるようであります。
「さ、では」
 全員が着席してから是路総士が仕切り直すのでありました。「いただきます」
 是路総士の音頭であゆみと良平が箸を両手で捧げ持って頭を倒しながら同じ言葉を復唱するのでありました。万太郎も真似をするのでありましたが、そう云えば一人暮らしの時には、いただきます、等と云う発声は全くしなかったなあと思うのでありました。
(続)
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