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お前の番だ! 82 [お前の番だ! 3 創作]

 稽古開始時と同じに威治教士が号令をかけて、この興堂派道場での剣術稽古は一応滞りなく終了するのでありました。是路総士と興堂範士が門下生の下座で畏まる中を退場する折、万太郎は趨歩して是路総士に近づいてその木刀を受け取るのでありました。
 是路総士と興堂範士には板場がすぐにつき添うのでありました。残った万太郎は先ず花司馬筆頭教師の下へ行って座礼するのでありました。
「本日は稽古をつけていただき有難うございました」
「いや折野君、君の剣の腕前には敬服した」
 座礼を返して花司馬筆頭教士は起こした顔に笑みを湛えるのでありました。「今日初めて剣術稽古のお相手をさせて貰ったが、こちらの方が大いに勉強になったぞ」
 その物腰には万太郎に対する親しみが感じられるのでありました。相手をしてみて、俄に見直したと云った驚きと敬意もこめられているようであります。
「いえ、とんでもないです。私の方こそ良い稽古をさせていただきました」
「今君の、剣の腕前、と云ったが、剣の才能、と云った方が正しいかな。未だ常勝流の剣術になり切ってはいないが、それにしても斬撃の鋭さと剣線の正確さは見事だ」
「そのお言葉を向後の励みにします」
 万太郎は恐懼しながらもう一度お辞儀するのでありました。興堂派の筆頭教士にそう云われると万太郎は素直に嬉しいのでありました。
 花司馬筆頭教士の下には万太郎と同じように、稽古終了時の礼を交わそうとする門下生が次々にやって来るのでありましたから、万太郎は早々にその場を切り上げて、今度は道場内を見渡して威治教士の姿を探すのでありました。
 威治教士は見所の前に立って取り巻きと思しき二人の男を相手に何やら言葉を交わしているのでありました。花司馬筆頭教士に礼を済ませた門下生がやって来て、傍に正坐して丁寧に一礼しても、威治教士は立った儘で頭を少し前に傾げるだけのぞんざいな意のない答礼を返すのみでありましたが、こういう尊大な態度は如何なものでありましょうや。
 とは云うものの、従弟弟子として礼をせぬわけもいかないので万太郎は威治教士の方へ近づくのでありました。
「本日の稽古、有難うございました」
 万太郎は傍らに正坐して一礼するのでありましたが、威治教士は取り巻きとの話しを中断されて、万太郎に対してちらと無愛想な顔を向けるのでありました。それから何を考えたのか、不意に万太郎の前に正坐するのでありました。
「折野、と云う名前だったな?」
「はい。折野です」
「総本部に内弟子に入る前に剣道でもやっていたか?」
「はい。やっておりました」
「道理でな」
 威治教士は頷くのでありましたが、その頷き方はどこか万太郎を小馬鹿にしたような色を帯びているのでありました。
(続)
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