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お前の番だ! 73 [お前の番だ! 3 創作]

「どうですかな、要は、相打ち返し、と同じでしょう?」
 是路総士は門下生の方に向かって云うのでありました。下座の門下生の内何人かは頷いているのでありましたが、頷く程にその理を理解している者がどれだけいるのか。
 是路総士はこの後三方向から、初めの一本を入れると四方向から、逆打ち返し、の組形をゆっくり下座の門下生に演武して見せるのでありました。それから今度は素早い動作で、同じく四方向から演じて見せるのでありました。
「ではこの形を暫し稽古しましょう」
 是路総士はそう促すのでありました。万太郎はまた興堂範士と組むつもりで、その座っている前に行って正坐の後お辞儀をするのでありました。
「またご指導をお願いいたします」
「いや折角ですから、この技は一つ威治と組んで稽古して下さらんかな?」
 興堂範士はそう云って道場を見回して威治教士の姿を探すのでありました。まるで万太郎に威治教士への教授を依頼するような口ぶりであるのは、万太郎としてはたじろぐ程に畏れ多い事であり、且つ忝さ過ぎる事でもあるのでありますが、けれどもあまり快い印象を持っていない威治教士と組まなければならないのは些かげんなりでもあります。
 しかしそれを云うわけにもいかないので、万太郎は極力無表情で同意の頷きをして見せるのでありました。そう云えば剣術の稽古で、まあ、万太郎が思わず知らず避けていた事もありますし、向こうも稽古相手として万太郎風情は目にも入らなかったと云う事もありましょうが、二人で組んだ事は今までなかったなあと万太郎は思うのでありました。
「おうい、威治、こっちへ来い」
 威治教士の姿を見つけた興堂範士が手招きをするのでありました。取り巻き連の一人と組んで稽古しようとしていた威治教士は、興堂範士に呼ばれて、その相手と礼も交わさないでこちらにやって来るのでありましたが、いくら取り巻きの手下であろうからと云って一礼もなしにその相手に背中を向けると云うのは、礼貌としてどうでありましょうや。
「折角の月に一度の機会だから、この折野君に一手お願いしろ」
 興堂範士にそう云われて威治教士は、思わず細めた目に険を宿して万太郎を一瞥するのでありました。どうしてこんな入門間もない白帯風情に一手お願いする必要があるのかと云った、明らかな不服の色がその細めた瞼の奥に表れているのでありました。
「そうだなあ。総士先生の直弟子さんと組める機会はこういう時でないとないからなあ」
 威治教士は一応そう畏まった風を口にするのでありましたが、その口調には入門間もない白帯風情を見縊る傲慢と伴に、総本部道場に対する興堂派道場の対抗心みたいなものが勿論含まれているのでありました。それなら折角だから、是路総士の直弟子なる者を興堂派の若先生たる自分が、一丁揉みに揉んでやろうかと云った魂胆でありましょう。
「よろしくご指導をお願いします」
 万太郎は威治教士の外貌に現れている悪心を大方呑みこんだ上で、丁寧なお辞儀をして見せるのでありました。威治教士は無言の儘頷きもせず、道場真ん中の開いているスペースの方に勝手に歩き出すのでありました。
(続)
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