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お前の番だ! 74 [お前の番だ! 3 創作]

 通例として手始めには下位者が仕太刀を、上位者が打太刀の役を取るのでありますから、お互いに八相に構えた後に入門間もない白帯風情の万太郎は、威治教士の打ちこむ動作の起こりを待つのでありました。威治教士は目を細めたり首を傾げたり唇を突き出したりしながら、万太郎の八相の構えをあれこれ検分している風で、何とも騒がしい構え姿だと万太郎は秘かに眉を顰めるのでありましたが、それは表情に表わさないのでありました。
 威治教士は万太郎を試すように左肘をひょいと動かして見せるのでありました。しかしそれは万太郎を惑わすための動作である事はすぐに知れるのでありました。
 その如何にも見え透いた計略に、入門間もない白帯風情である筈の万太郎が全く乗ってこないので、威治教士は少しばかり意外であったようでありますが、その僅かな気持ちの波立ちを隠そうとするためか口の端に余裕の笑いを浮かべて見せるのでありました。万太郎は秘かに威治教士のこの、人を端から嬲ろうとする魂胆に舌打ちをするのでありましたが、勿論これも表情には表わさないのでありました。
 ところでその策略に乗るか乗らないかは別にして威治教士の微動を捉えたならば、寧ろしめたとばかり即座に素早い打ちこみで突貫しても構わない筈であります。まあ、そんな風に心理をあれこれ遣り取りするのは、組形稽古の趣旨からは外れるかも知れませんが。
 万太郎は目を細めて無表情の儘、威治教士の構えを注視し続けるのでありましたが、威治教士の方にすればそんな静まった儘の万太郎の姿が、先入の洞察とは違って意外に手強く見え出したようであります。威治教士は口の端の笑いを俄に消して表情を引き締め、目を見開いて対抗心を露わにして見せるのでありました。
 何とも判り易い人だと万太郎は思うのでありました。思慮もなくこんな風に相手に気持ちをはっきり披露して仕舞うようなら、その剣術の手並みも知れたものでありましょう。
 確かに剣の修行に関しては万太郎の方も威治教士に引けを取らないくらい長いのでありますし、少年の頃から竹刀剣道の試合で揉まれていた分、即応力と云う点では一歩長じているかも知れません。万太郎は生じてきた余裕を心根の奥に仕舞って、半眼で、微動だにしない八相の構えで以って威治教士の剣の動きの起こりを待つのでありました。
「おいおい折野、それでは組形稽古ではなくて、まるで乱稽古だ」
 万太郎の横手から是路総士の声が上がるのでありました。万太郎は威治教士から目を離さないで八相の構えを解くのでありました。
 勿論、是路総士は万太郎に声をかけたのでありますが、万太郎だけにではなくて威治教士にも云っているのであります。しかし威治教士の表情には、その言葉が自分にも向けられているとは露許りも感じていないような蒙さが映っているのでありました。
「押忍。済みません」
 万太郎は木刀を左手に納めて是路総士に向かって頭を下げるのでありました。当然ながら、威治教士は別にお辞儀等しないのでありました。
「組形稽古では、動きの起こり、と云う一点以外の相手の気配には一先ず目を向けてはいかん。攻防術を錬るのは今の稽古の後での話しだ」
 是路総士が万太郎に向かって諭すのでありました。
(続)
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