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お前の番だ! 70 [お前の番だ! 3 創作]

 万太郎が良平に云われた通り木刀を一本一本壁の木刀かけから取って拭っていると、稽古着に着替えたあゆみが道場に顔を出すのでありました。万太郎は竟愛想で笑顔を向けるのでありましたが、それに対してあゆみが先程見せた可憐な笑顔ではなく、厳めしそうな面差しを向けるのは意表を突かれたと云った感じでありました。
「今朝の道場掃除は折野が担当するのか?」
 随分と高飛車な云い方であります。
「はい。面能美さんに指示されましたので」
 万太郎はたじろぎながら返すのでありました。
「道場では返事は、押忍、だけ。以後気をつけるように」
「押忍」
 先程までとはガラリと変わったこの威圧的な物腰はどうでありましょうや。
「それなら、終わったら、内弟子の間に居るから報告するように。後で点検する」
「はい、じゃなかった、押忍。判りました」
「押忍、と云えばその後に、判りました、は要らない」
「押忍」
 あゆみは厳めしそうな面差しの儘万太郎をジロリと一睨みして去るのでありました。万太郎は面食らった顔を急ぎ修復する暇もなく、それを見送るのでありました。
 良平に指示された仕事を終えて納戸兼内弟子控えの間に戻ると、あゆみがそこの掃除をしているのでありました。
「押忍。道場の方は終わりました」
 万太郎は立礼しながら報告するのでありましたが、ちゃんと正坐して座礼してから報告をすべきだったかと倒した頭の中で考えるのでありました。
「ご苦労さん」
 あゆみは屈みこんで座卓の上を拭く手を休める事なく、無表情な顔だけを万太郎に向けて返すのでありました。正坐して礼をしなかった事は特段咎めないようであります。
「僕が代わります」
 万太郎はあゆみの持つ膳拭きに手を伸ばすのでありました。
「いや、ここはいいから道場玄関周りの掃除を。箒にバケツと雑巾は靴箱の中に仕舞ってあるから。水は外に出たら水道があるのでそこから汲んで」
「押忍」
 万太郎がその指示に従うためくるりと反転して部屋を出ようとすると、あゆみの次の言葉が彼の襟首を掴むのでありました。
「指示を受けた場合、承りました、と返事するように。さっき道場では云いそびれたけど」
 万太郎はもう一度体を反転させてあゆみにお辞儀をするのでありました。
「押忍。承りました」
 あゆみはそこで一旦手を止めて無愛想に頷くのでありました。それから今度は立ち上がってすぐに壁際の棚拭きに移るために、つれなく万太郎に背を向けるのでありました。
(続)
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