お前の番だ! 71 [お前の番だ! 3 創作]
朝稽古の前は色々仕事が一杯あって目が回るくらい忙しいものだと、万太郎は良平に唆されて初日から朝早くに道場に来た事を少し悔やむのでありました。しかし遅く来ていたとしても、初日こそこの忙しさを免れ得たかも知れないけれど、結局二日目以降にはあゆみと良平に扱き使われる事になるのでありましょう。
玄関の上がり框を雑巾がけしていると、納戸兼内弟子控えの間の掃除を終えたあゆみが姿を現すのでありました。
「先ず沓脱全体を外箒で掃いたか?」
あゆみが訊くのでありました。
「押忍。壁の埃も払って靴箱も拭いて、その後でここの雑巾がけをしています」
「うん。手順は問題なしだな」
あゆみは満足気に頷くと、沓脱に降りて草履を突っかけて外箒を持って玄関引き戸を開けるのでありました。これから玄関外周りを掃くのでありましょう。
そこに母屋の庭掃除を終えた良平が現れるのでありました。
「おう、やっぱり三人でやると朝の仕事もはかどるなあ」
良平は廊下に立った儘万太郎を見下ろして云うのでありました。
「面能美、無駄口を叩いていないで廊下の拭き掃除を始めろ」
玄関引き戸の向こうからあゆみの叱声が良平を襲うのでありました。
「押忍。承りました」
良平は万太郎に眉を上げて舌を出して見せるのでありました。しかしニコニコと嬉しそうな笑い顔の儘でいるのは、今まで一人きりであゆみの叱声に甘んじて目まぐるしく朝の仕事に扱き使われていたのが、万太郎と云う弟分の参入によって、扱き使われる度合いが些かなりとも減じたのを心から喜んでいるからであろうと思われるのでありました。
三人そろって師範控えの間から納戸兼内弟子控えの間、それから道場とその向こうに続く門下生更衣室までの廊下を雑巾がけして、ようやくに朝の仕事は一段落を迎えるのでありました。ここまで終えて腰を伸ばした時に、万太郎はまるで一人暮らしの自分のアパートの部屋の、一年分の掃除をしたような達成感を覚えるのでありました。
この後は万太郎が最初に担当した道場掃除をあゆみが点検して、前の廊下に万太郎と良平が横に並び、それに向いあうようにあゆみが立って儀式的な挨拶を交わして、これで目出度く内弟子総員での朝の道場掃除は終了と云う按配でありました。
「朝掃除を完了する」
あゆみが万太郎と良平に立礼しながら宣するのでありました。
「押忍。ご苦労様でした」
良平があゆみに立礼するのでありました。一拍遅れてたじろぎながらも万太郎も「押忍」と発声して、あゆみにお辞儀を返すのでありました。
万太郎と良平の低頭した姿を残して、あゆみは今拭き掃除したばかりの廊下を母屋の方へ去るのでありました。良平はあゆみの姿が納戸兼内弟子控えの間の角から消えるのを見届けてから、万太郎に聞こえるような大袈裟なため息を漏らすのでありました。
(続)
玄関の上がり框を雑巾がけしていると、納戸兼内弟子控えの間の掃除を終えたあゆみが姿を現すのでありました。
「先ず沓脱全体を外箒で掃いたか?」
あゆみが訊くのでありました。
「押忍。壁の埃も払って靴箱も拭いて、その後でここの雑巾がけをしています」
「うん。手順は問題なしだな」
あゆみは満足気に頷くと、沓脱に降りて草履を突っかけて外箒を持って玄関引き戸を開けるのでありました。これから玄関外周りを掃くのでありましょう。
そこに母屋の庭掃除を終えた良平が現れるのでありました。
「おう、やっぱり三人でやると朝の仕事もはかどるなあ」
良平は廊下に立った儘万太郎を見下ろして云うのでありました。
「面能美、無駄口を叩いていないで廊下の拭き掃除を始めろ」
玄関引き戸の向こうからあゆみの叱声が良平を襲うのでありました。
「押忍。承りました」
良平は万太郎に眉を上げて舌を出して見せるのでありました。しかしニコニコと嬉しそうな笑い顔の儘でいるのは、今まで一人きりであゆみの叱声に甘んじて目まぐるしく朝の仕事に扱き使われていたのが、万太郎と云う弟分の参入によって、扱き使われる度合いが些かなりとも減じたのを心から喜んでいるからであろうと思われるのでありました。
三人そろって師範控えの間から納戸兼内弟子控えの間、それから道場とその向こうに続く門下生更衣室までの廊下を雑巾がけして、ようやくに朝の仕事は一段落を迎えるのでありました。ここまで終えて腰を伸ばした時に、万太郎はまるで一人暮らしの自分のアパートの部屋の、一年分の掃除をしたような達成感を覚えるのでありました。
この後は万太郎が最初に担当した道場掃除をあゆみが点検して、前の廊下に万太郎と良平が横に並び、それに向いあうようにあゆみが立って儀式的な挨拶を交わして、これで目出度く内弟子総員での朝の道場掃除は終了と云う按配でありました。
「朝掃除を完了する」
あゆみが万太郎と良平に立礼しながら宣するのでありました。
「押忍。ご苦労様でした」
良平があゆみに立礼するのでありました。一拍遅れてたじろぎながらも万太郎も「押忍」と発声して、あゆみにお辞儀を返すのでありました。
万太郎と良平の低頭した姿を残して、あゆみは今拭き掃除したばかりの廊下を母屋の方へ去るのでありました。良平はあゆみの姿が納戸兼内弟子控えの間の角から消えるのを見届けてから、万太郎に聞こえるような大袈裟なため息を漏らすのでありました。
(続)
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