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お前の番だ! 31 [お前の番だ! 2 創作]

「万ちゃん、鯵フライにはお醤油かけるんだっけ?」
 あゆみが食卓テーブルに向いあって座って話しかけるのでありました。稽古では万太郎の姓を呼び捨てにするのでありましたが、普段は「万ちゃん」と呼ぶのであります。
「はい。子供の時から家では醤油一辺倒でしたから」
「ソースかけて食べた事ないの?」
「学生時代に定食屋に行ってもずうっと醤油でしたね」
「ソース嫌いなの?」
 あゆみは頬杖をついてそう訊きながら可憐に首を傾げて見せるのでありました。
「いや、特に嫌いと云うのではないですよ。野菜炒めとかとんかつとかお好み焼きにはソースをかけます。ただ鯵フライには醤油です」
「そう決めてるんだ?」
「決めているわけじゃないですが、ま、行きがかり上、何となく」
「行きがかり上?」
「こういう場合に、行きがかり上、と云うのは妙ですかね?」
「つまり実家の風習をしっかり守っているって事?」
「いやあ、そんな大袈裟な決意があるわけじゃ全くありませんが」
 そうこうしている内に風呂から上がった是路総士が隣の居間に帰ってくるのでありました。是路総士は縁側から居間に入って床の間を背に、慣れた仕草で着ている浴衣の裾が乱れないように気を遣いながら、座卓を前に腰を下ろすのでありました。
「面能美、障子は開けておいてくれ。その方が涼しい」
 是路総士は縁側で片膝ついて畏まっている良平に云うのでありました。良平は「押忍」と返事しながら静かに障子を閉めて、縁側から回って食堂に入ってくるのでありました。
 食堂と居間を仕切る襖の開け放たれた空間越しに、万太郎は食卓テーブル横に立って直立して是路総士の方を窺っているのでありました。
「こっちは気にしないで食事にしろ」
 是路総士は顔を万太郎の方に向けてそう指示するのでありました。万太郎と丁度横にきた良平が共々「押忍」と声をそろえて返事してから、ずっと座った儘でいたあゆみと向いあって、二人は隣同士に食卓テーブルにつくのでありました。
 終日内弟子たるの弁えを忘れてはならない何太郎と良平とは違って、あゆみは母屋にあっては是路総士の内弟子から娘に変わるのでありました。依って父娘のざっくばらんな仲として、是路総士は娘の領分を超えない程度のあゆみの無礼を許しているのでありました。
「お父さん、お酒探しているの?」
 居間で一旦落ち着いた是路総士が何やら思いついて再び立って、押入れの中をごそごそと探し始めたのを見咎めてあゆみが声をかけるのでりあました。
「うん。この前、神保町の道分さんから貰った一升瓶がここにあった筈だが」
「そこに立てとくと、何かの出し入れの拍子にお父さんがうっかり倒すといけないと思って、こっちの方に移してあるわ」
(続)
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