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お前の番だ! 26 [お前の番だ! 1 創作]

「さあてちょいと動いて腹ごなしにもなったな。これから風呂にでも入るかな」
 是路総士は膝行で進み出た万太郎に木刀を預けながら云うのでありました。
「押忍、では用意いたします」
 これはその日の背中流し当番である良平が傍に膝行して来て云う言葉であります。
「もう沸いているのか?」
「先程沸かして種火にしてあります」
「おうそうか。何時もながら面能美は何事にもそつがない」
 是路総士はそう云って満足そうに笑って神棚に一礼の後、道場を出るのでありました。敷居を跨ぐ時にちょいと躓くのは何時もの通りでありました。
 背中流し当番の良平も後ろについて出て行くのでありましたが、あゆみまでもがにそれに同行するのは是路総士の着替えを出すためでありました。万太郎は道場に残って三人を見送ってから、使った木刀を壁の刀掛けに揃えてかけて、籠手を仕舞って、つるっと道場の畳を雑巾で乾拭きに拭って、戸締りを確認してから電燈を消すのでありました。

 常勝流本部道場は調布の京王線仙川駅から程近い処にあるのでありました。甲州街道が通っている方とは反対側の、狭い駅前の広場角の本屋を通り過ぎるとすぐに畑があって、建物も疎らで、平坦な土地柄のせいで随分先まで見渡す事が出来るのでありました。
 キャベツ畑に添って道を暫く歩くと普通の民家とはやや異質な体裁の、なかなかの大構えで塀を廻らさない木造の家屋があって、道から少し奥まった玄関先に自転車が数台駐輪してあるのでありました。屹度ここに違いないと万太郎は玄関先まで進み、扉横の木の壁に掲げてある看板を見ると、はたしてこの建物が常勝流本部道場であるのでありました。
 万太郎が玄関を入って、ご免下さい、と一声かけると廊下の向うにある引き戸が開いて、万太郎と同じ歳恰好の白い刺子の稽古着に白帯を締めた男が顔を出すのでありました。後で知れるのでありますが、この男が面能美良平なのでありました。
「ご用向きは何でしょうか?」
 良平は万太郎にお辞儀してから丁寧な言葉つきで訊くのでありました。
「見学に来た者ですが」
「ああ、見学希望の方ですか。ではお上がりください」
 良平は掌を前の上がり框に向かって差し出すのでありました。
「失礼します」
 万太郎は律義らしく一礼してから框に上がり、すぐにしゃがんで靴をくるりと爪先を外に向けて回し揃えるのでありました。万太郎が良平の後ろについて廊下を数歩進むと、良平は先の玄関前の部屋の隣にある引き戸を開けてから掌を中に向けるのでありました。
「どうぞ、中へ」
 そこが道場のようでありますが、万太郎は目礼しながら良平の前を擦り抜けて先に道場に足を踏み入れるのでありました。道場は青畳敷きで八十畳程あって、見所も設えられていて、奥の壁に神棚が吊ってあるのが如何にも武道の道場らしいのでありました。
(続)
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