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もうじやのたわむれ 321 [もうじやのたわむれ 11 創作]

「その亡者の方とは、何らかの事情で準娑婆省で石ころになっていた方なのでしょうか?」
「そうです。その方が準娑婆省に渡られた詳しい経緯とかこの間の消息は、個亡者情報保護と云う点からここでは申し上げませんが、長い間準娑婆省の方で石ころをされていらしたのを、先般、閻魔庁の行方不明亡者捜査救済局の秘密調査員が救い出してきたのです」
「その方は屹度、石ころになった後、流れ流れて、準娑婆省の何処かの軍港の近くに転がっていらしたのでしょうかね?」
「ま、ざっと云うとそんなようなところと云うのか、そんなようでないところと云うのか」
 補佐官筆頭は語尾を有耶無耶「にして、それ以上の詳しい言及を避けるのでありました。
 ところで亡者としてこちらの世に四日程、長くても一週間程度しか存在しないで、その後はすっかり新しい霊となって仕舞う亡者の個人情報、いや個亡者情報を保護すると云うのも、何やら徒な厳格さと云う気もするのでありました。個亡者情報なんと云うのは、霊となった後には、閻魔庁でのあれこれは記憶として残らないと云う事でありますし、保護するまでもなくすぐに忘れられて仕舞う情報でありましょうから。まあしかし、保護するとしてあるのですから、何かしら保護する必要があるのでありましょう。閻魔庁の担当した鬼が、その情報を悪用でもした例が嘗てあったので、そう云う不逞の鬼から守る必要があるのでありましょうか。まあ、そう云う事は、敢えて訊かないでおくのでありましたが。
 船はゆっくりと奪衣婆港の桟橋に接岸して、船首と船尾から投げられた太いロープで、しっかりと繋留されるのでありました。舷側に下船デッキが装着されて、我々はそこから奪衣婆港の港湾施設建屋の広い到着ロビーへと、直接向かうのでありました。
 到着ロビーは地獄省の港のものとさして変わらない構造で、地獄省側の出発ロビー同様、人気、いや違った、鬼気、或いは霊気が殆どなくて閑散としているのでありました。その閑散とした中で、我々の歩いて行く正面には、異様に目立つ迷彩服にヘルメット姿の、兵隊と思しき風体の三鬼が直立不動の姿勢で立っているのでありました。
「お迎えに上がりました」
 三鬼の、真ん中に立っている兵士がきびきびとした動作で、我々を迎えるように一歩前に出て、補佐官筆頭に敬礼するのでありました。一歩出る時、履いているブーツの底が床に打ちつけられて、無粋な甲高い音を響かせるのでありました。
「ああどうも、お世話をおかけします」
 補佐官筆頭も釣られたように敬礼して見せるのでありましたが、こちらは如何にも素人が敬礼の真似をしていると云った、ぎごちなさが目立つ物腰でありました。この兵士と補佐官筆頭は既に顔馴染みのような風情があって、前に補佐官筆頭がこちらに出張した折にも、この同じ兵士の出迎えを受けたのであろうと拙生は想像するのでありました。
「また前と同じ間抜けな用向きで、お世話になる仕儀と相なりましたわ」
「ご苦労様です」
 兵士が少し愛想笑ってお辞儀をするのでありました。
「今度はこちらにいらっしゃる亡者様の娑婆への逆戻り用件です」
 補佐官筆頭が拙生を兵士に紹介するのでありました。
(続)
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